企業価値評価の説明で必ず出てくるのが「割引現在価値」です。将来のお金を今の価値に直すという考え方ですが、なぜ割り引く必要があるのかが分かりにくい概念でもあります。
理由は単純です。今の100万円と10年後の100万円は、同じ価値ではないからです。今あれば運用できますし、10年後に本当に受け取れるかどうかも分かりません。
本記事では割引現在価値の計算式を確認し、DCF法の手順、そして中小企業のM&Aでこの手法がどこまで実務に乗るのかを整理します。
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割引現在価値とは何か
将来のお金を今の価値に換算する
割引現在価値とは、将来生み出されるキャッシュフローを、現在の価値に換算した金額です。
企業価値評価の文脈では、会社が将来生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)を現在価値に換算する考え方を指します。
計算式
基本の式はシンプルです。
現在価値(PV)= 将来の金額(FV)÷ (1+割引率 r)ⁿ
n は年数です。
具体的に計算すると、割引率5%のとき——
- 1年後の100万円 → 100万円 ÷ 1.05 = 約95.2万円
- 3年後の100万円 → 100万円 ÷ 1.05³ = 約86.4万円
- 10年後の100万円 → 100万円 ÷ 1.05¹⁰ = 約61.4万円
遠い未来のお金ほど、現在価値は小さくなります。 10年後の100万円は、今の61万円程度の価値しかないという評価です。
なぜ割り引くのか
理由は3つに整理できます。
- 機会費用 — 今お金があれば、他に投資して増やせる
- 不確実性 — 将来のキャッシュフローは予測であり、実現するとは限らない
- インフレ — 同じ金額で買えるものが減っていく可能性がある
割引率は、この3つをまとめて数字に落としたものと理解すると分かりやすくなります。
DCF法の手順
4つのステップ
DCF法(Discounted Cash Flow:割引キャッシュフロー法)は、割引現在価値の考え方を企業価値評価に適用した手法です。手順は次の4つです。
- 事業計画をもとに将来のFCFを予測する(通常5年程度)
- 割引率(WACC)を算出する
- 予測期間終了後の継続価値(ターミナルバリュー)を算出する
- 将来のFCFと継続価値を現在価値に割り引いて合計する
DCF法は企業価値評価の中でも最も使用される手法とされ、「将来の期待を反映できる」点が特徴です。過去の実績だけでなく、これから伸びる見込みを価格に織り込めます。
割引率にはWACCを使う
DCF法では、割引率としてWACC(加重平均資本コスト)を用いるのが一般的です。
WACC = 負債コスト ×(1-実効税率)×[負債総額 ÷(負債総額+株式の時価総額)]
** + 株主資本コスト ×[株式の時価総額 ÷(負債総額+株式の時価総額)]**
WACCは、企業が外部から資金を調達するために負担すべき平均的なコストです。借入と出資の比率で加重平均を取っています。
負債コストに(1-実効税率)を掛けるのは、支払利息が損金になるため、税負担が軽くなる効果を反映させるためです。
割引率の設定が結果を左右する
ここが実務上の最大の論点です。
割引率の選択は評価結果に直接的かつ多大な影響を及ぼすため、DCF法における最も重要な決定事項のひとつとされています。
たとえば、5年後のFCFを1億円と予測した場合——
- 割引率5%なら現在価値は約7,835万円
- 割引率10%なら約6,209万円
- 割引率15%なら約4,972万円
同じ予測でも、割引率を10ポイント動かすと評価が4割近く変わります。 数字の精緻さより、前提の妥当性が問われる手法です。
中小企業M&Aでどこまで使えるか
DCF法は理論的に最も整合的な手法ですが、中小企業のM&Aで主役になるとは限りません。 以下は、どの条件でどの手法が機能するかの整理です。
DCF法が機能する
こういう条件なら——次に当てはまる場合。
- 過去3〜5年の業績が安定しており、事業計画に根拠がある
- 収益構造が読める(契約ベースの売上、リカーリング収益など)
- 設備投資の計画が具体的に立っている
将来のFCFを予測できる会社でなければ、DCF法は成立しません。 予測が根拠なく作られていれば、精緻な計算をしても結論は動きます。
マルチプル法のほうが実務に乗る
こういう条件なら——次に当てはまる場合。
- 業績に季節変動や案件変動があり、5年の予測が現実的でない
- 同業種の取引事例や上場企業の指標が参照できる
- 交渉のたたき台として、双方が納得しやすい基準が欲しい
中小企業のM&Aでは、EBITDAに一定の倍率を掛けるマルチプル法が実務の中心です。計算根拠が分かりやすく、交渉の土台になりやすいという利点があります。
指標そのものの定義はEBITDAとは?、倍率の読み方はマルチプル法とは?、自社での試算は自社はいくらで売れるかで扱っています。
どの手法も参考値にとどまる
こういう条件なら——次に当てはまる場合。
- 売上の大部分が特定の取引先に依存している
- オーナーの個人的な人脈や技能に事業が依存している
- 直近で業績が大きく変動した(好転・悪化とも)
この状態では、どの評価手法を使っても幅の広い数字しか出ません。 評価額を1つに決めようとするより、買い手が何にリスクを見ているかを把握して、その不安を減らすほうが交渉に効きます。
「計算の精度を上げれば価格が上がる」わけではありません。 実際の価格は、複数の評価手法のレンジと交渉で決まります。
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割引現在価値が出てくる他の場面
企業価値評価以外にも、この考え方は使われます。
- のれんの減損判定 — 将来キャッシュフローの現在価値と帳簿価額を比較する。のれんとは
- 設備投資の判断 — 投資額と将来収益の現在価値を比較する(NPV法)
- リース・退職給付の会計処理 — 将来の支払いを現在価値に割り引いて計上する
減価償却が「過去の支出を将来に配分する」処理であるのに対し、割引現在価値は「将来の収入を現在に引き戻す」考え方です。時間軸の扱いが逆向きになっています。減価償却の仕組みは減価償却とは?で整理しています。
よくある質問
Q. 割引率は何%に設定すればよいですか?
一律の正解はありません。WACCを算出して使うのが原則ですが、非上場企業では株主資本コストの推定に幅が出ます。実務では類似上場企業のデータを参照しつつ、規模に応じたリスクプレミアムを加える方法が取られます。
Q. 継続価値(ターミナルバリュー)とは何ですか?
予測期間(通常5年)が終わった後、その先ずっと生み出される価値をまとめて評価した金額です。永続成長率を仮定して計算します。DCFの評価額の過半が継続価値になることも多く、ここの前提が結果を大きく動かします。
Q. DCF法は売り手に有利ですか?
一概には言えません。成長見込みを織り込める点は売り手に有利ですが、その計画に根拠を求められます。 事業計画が達成されなかった過去があると、買い手は割引率を高く設定して調整しようとします。
Q. 電卓で計算できますか?
基本の割引計算は電卓でも可能ですが、DCF法全体は表計算ソフトで組むのが現実的です。ただし式を組むことと、前提を妥当に置くことは別の作業です。
まとめ
割引現在価値とは、将来のキャッシュフローを現在の価値に換算した金額です。式は PV = FV ÷ (1+r)ⁿ で、押さえるべきは次の3点です。
- 遠い未来のお金は小さく評価される — 機会費用・不確実性・インフレを割引率にまとめている
- 割引率が結果を左右する — 同じ予測でも割引率を10ポイント動かせば評価は4割近く変わる。数字の精緻さより前提の妥当性
- 中小企業M&Aではマルチプル法が実務の中心 — 5年の予測に根拠が持てる会社でなければDCF法は成立しない
評価手法は価格を決める道具ではなく、交渉のレンジを作る道具です。複数の手法で幅を出し、その中で条件を詰めるのが実務の進め方になります。
参考
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部
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