企業を売却したいオーナー経営者やM&A担当者が最も気になることの一つが、「自社はいくらで売れるのか?」という点です。M&Aの企業価値評価(バリュエーション)にはさまざまな手法がありますが、実務でもっとも広く使われているのが「マルチプル法(倍率法)」です。本記事では、マルチプル法の概要から、企業価値評価への活用法、具体的な計算方法などまで、マルチプル法について詳しく解説していきます。
この記事の内容、自社に当てはめるとどうなる?
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マルチプル法とは?
マルチプル法とは、企業価値や株式価値を評価する際に用いられる手法の1つで、M&Aや投資判断など幅広いシーンで活用されます。M&Aにおいては、初期段階で、企業価値を簡易的に把握する目的で利用されます。
企業価値を算出する方法は、マルチプル法を含む「マーケットアプローチ」をはじめ、大きく3つのアプローチにわけることができます。3つのアプローチの内訳について詳しくは後述しますが、3つを比較すると、マーケットアプローチはもっとも計算が簡単で、市場実勢を反映しやすく、買い手が理解しやすいという特徴があります。
そのため実務では、マルチプル法を含むマーケットアプローチはM&Aのバリュエーションに活用されやすく、一般的には次の流れでM&Aが進められます。
マルチプル法で概算評価
↓
DD(デューデリジェンス)
↓
価格交渉
↓
最終価格決定
なお、マルチプル法の「マルチプル(Multiple)」は、直訳すると「倍率」を意味します。経済分野においては、「企業価値の倍率」を意味する言葉として用いられています。
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マルチプル法で調べられる価値
前述の通り、マルチプル法は、企業価値を簡易的に把握する目的で活用されることが多いですが、それ以外に、株式の価値、投資価値を調べるためにも活用されます。
企業価値
元来、マルチプル法は企業価値を算出するために確立された算定方式です。株主だけでなく、債権者を含むすべての資金提供者から見た企業の価値を表すことができます。
ただし、マルチプル法のみで判断するのではなく、異なる算定方法と併用することによって、より精度の高い企業価値評価を導き出すことができます。
株式価値
株式の価値は、“株価×発行株式枚数”によって求められる時価総額に左右されます。マルチプル法の一種であるEBITDAマルチプルによって、株式時価総額を用いる価値の算出をおこなうことによって、適正な株式価値を評価することができます。また、PERを用いて、「類似企業のPER×評価対象企業の当期純利益」で株式価値を算出することもあります。
株式価値は、投資家が投資判断をおこなううえでの重要な指標です。また、IPO時の株価算定や、事業承継時の株式譲渡価格の決定においても、株式価値が役立てられることがあります。
投資価値
マルチプル法によって導き出される企業価値評価は、M&Aの買い手サイド、金融機関、ベンチャーキャピタルなどの投資判断において重要な役割を果たします。出資側は、マルチプル法によって算定した企業価値と有利子負債を含む買収価額との比較によって、割高であるのか割安であるのかを判断します。
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企業価値評価の3つのアプローチ

前述の通り、企業価値を評価する方法は、大きく3つのアプローチにわけられます。具体的には、次の3つのアプローチです。
- マーケットアプローチ:市場で取引されている類似企業のデータに基づいて評価する方法
- コストアプローチ:企業の純資産額を基に評価する方法
- インカムアプローチ:将来の収益予測に基づいて評価する方法
マルチプルの代表的な指標
マルチプル法はマーケットアプローチの1種ですが、さらに、マルチプル法において指標となる倍率(マルチプル)にもいくつかの種類が存在します。そのうち代表的なものは次の通りです。
| 指標 | 概要 | 特徴 |
|---|---|---|
| EV/EBITDA | 企業価値(EV)をEBITDA(税引前利益に支払利息・税金・減価償却費を加味した利益指標)で割ったもの | 本業の収益力に着目した指標。資本構成や税制の違いの影響を受けにくく、企業間・国際間の比較に適している。 |
| PER(株価収益率) | 株価を1株当たり当期純利益(EPS)で割ったもの | 株式投資で最も一般的に利用される指標。企業の利益に対して市場がどの程度の評価や期待をしているかを示す。 |
| PBR(株価純資産倍率) | 株価を1株当たり純資産(BPS)で割ったもの | 企業の純資産(帳簿上の資産価値)に対する市場評価を示す。資産保有型企業の分析によく利用される。 |
| PSR(株価売上高倍率) | 株価を1株当たり売上高(SPS)で割ったもの | 売上高に着目するため、利益が出ていない赤字企業や成長企業の評価にも利用しやすい。 |
EV/EBITDA
EV/EBITDA倍率とは、企業の買収価値・EV(Enterprise Value)が、本業の稼ぐ力であるEBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)の何年分に相当するかを示す「簡易買収倍率」です。
なお、読み方は「イーブイ・イービットディーエー」または「イーブイ・イービッダー」です。
EV/EBITDAの計算式は、EV÷EBITDAです。
EV(企業価値)は一般的に「時価総額 + 有利子負債 – 現金および現金同等物」で計算され、EBITDAは「税引前当期純利益 + 減価償却費」で計算されます。
EV/EBITDA倍率を使うと、利払い前・税引前・償却前利益であるEBITDAが、同業他社と比べて何倍程度であるのかがわかります。つまり、企業を買収した場合に、何年程度で投資資金を回収できるのかの目安を知ることができます。
PER(株価収益率)
PER(株価収益率:Price Earnings Ratio)は、現在の株価が、企業の1株当たりの純利益の何倍になっているかを示す指標です。投資した資金を何年で回収できるのかの目安とも考えられます。一般的に、数値が低ければ低いほど株価が割安であると判断されます。反対に、PERの数値が高い場合、将来の成長が期待される傾向にあります。
PERの計算式は、株価 ÷ 1株当たり当期純利益です。
PERを使って株価が割安であるのか割高であるのかを判断する場合、同業他社のPERと比較することもあれば、過去の自社のPERの推移と見比べることもあります。
PBR(株価純資産倍率)
PBR(株価純資産倍率:Price Book-value Ratio)は、現在の株価が1株あたりの純資産の何倍になっているのかを示す指標です。一般的に、PBRが1倍を下回っている場合、株価が企業の“解散価値”よりも低く、割安であると判断されます。
PBRの計算式は、株価 ÷ 1株当たり純資産です。
PER同様、同業他社との比較や過去の推移を確認することが、株価の割安・割高の判断の目安となります。PBRは、企業の持つ資産価値に着目した投資判断には特に適しています。たとえば、金融や不動産をはじめとする、資産を多く保有する企業を評価する際に有効です。
PSR(株価売上高倍率)
PSR(株価売上高倍率:Price Sales Ratio)は、現在の株価が、年間売上高の何倍になっているのかを示す指標です。主にSaaSやスタートアップなど、先行投資が大きいため、現状は赤字であるものの、将来の急成長が見込まれる企業の株価水準を測るために利用されることが多い指標です。
PSRの計算式は、株価 ÷ 1株当たり売上高、または時価総額 ÷ 年間売上高です。
PSRは、赤字の場合にも適用される点が最大の特徴です。現状は利益が出ていなくても、将来的な成長によって収益性が改善する可能性がある企業を、きちんと評価することができます。
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業種別マルチプルの相場目安
マルチプルは業種によって大きく異なります。しかも、M&Aにおいては、会社規模、成長率、利益率、ストック収益比率、顧客集中と、地域、上場企業比較、取引時期などによって大きく変動するため、絶対的な相場というものはありません。そのため、実務では「〇倍前後」のレンジで見るのが一般的です。
これを踏まえたうえで、業界別EV/EBTDA倍率の一般的な目安は次の通りです。
| 業種 | EV/EBITDA倍率(目安) | 特徴 |
|---|---|---|
| IT・SaaS・テクノロジー | 8~20倍以上 | ストック型収益・高成長企業ほど高倍率 |
| 製造業 | 4~8倍 | 技術力・顧客基盤・設備投資負担で差が出る |
| 卸売業 | 4~7倍 | 利益率や在庫管理能力が重要 |
| 小売業 | 4~7倍 | ブランド力や店舗収益性が評価される |
| サービス業 | 5~10倍 | 継続契約や人材の定着率が影響 |
| 飲食業 | 5~8倍 | 立地・ブランド・FC展開が評価要因 |
| 医療・介護 | 7~14倍 | 安定需要・規制・診療報酬制度などが影響 |
なお、上記は2024~2026年度の中堅企業M&Aや公開企業比較データをもとにした一般的なレンジですが、調査時点の市場環境や金利などによって、倍率に違いが出る場合もあります。あくまで、目安としてとらえましょう。
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マルチプルで自社の売却概算価格を試算する方法
M&Aを検討していて、「自社はいくらで売れるのか」を簡易的に知りたい場合、もっとももよく使われるのがEV/EBITDAマルチプル法です。
実務では、DDや価格交渉によって最終的な譲渡価格が決まりますが、概算であれば次の手順で試算できます。
【売却価格を算出する基本的な流れ】
- ① EBITDAを計算
↓
- ② 業界のEV/EBITDA倍率を設定 ※上記で解説した業界別目安などを設定
↓
- ③ 企業価値(EV)を算出
↓
- ④ 有利子負債・現預金を反映
↓
- ⑤ 株式価値(売却価格の目安)を算出
計算例:EBITDA × 業界倍率での試算ステップ
次のような会社を例に考えてみましょう。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| EBITDA | 1億円 |
| 有利子負債 | 2億円 |
| 現預金 | 1億円 |
| 業界EV/EBITDA倍率 | 6倍 |
Step1:EBITDAを確認する
まずは会社のEBITDAを把握します。
EBITDA = 1億円
Step2:業界マルチプルを掛ける
企業価値(EV)を算出します。
企業価値(EV)= EBITDA × EV/EBITDA倍率
= 1億円 × 6倍
= 6億円
Step3:株式価値を算出する
企業価値(EV)は事業全体の価値です。
実際の売却価格に近い「株式価値」を求めるためには、EVから有利子負債を差し引き、現預金を足し戻す調整をおこないます。実務上、この「有利子負債-現預金」のことを「ネットデット(純有利子負債)」と呼びます。
さらに、中小企業の場合は事業に直接関係のない「非事業用資産」が存在することが多く、これも株式価値に加算して評価します。
【非事業用資産の例】
- 事業に使っていない遊休不動産
- 解約返戻金のある生命保険積立金
- ゴルフ会員権やリゾート会員権
- 事業外の有価証券
(計算式)
株式価値 = EV - 有利子負債 + 現預金 + 非事業用資産
= 6億円 - 2億円(借入金) + 1億円(現預金) + 5,000万円(非事業用資産)
= 5.5億円(株式価値)
オーナーが100%の株式を保有している場合、このケースでは概ね5.5億円が売却価格の目安になります。
M&A実務では「正常化EBITDA」が重要
実際のM&Aでは、決算書の数字をそのまま使わないことが少なくありません。なぜかというと、買い手は、将来も継続して得られる利益を重視するためです。
そのため、次のような項目を調整します。
加算されることが多い項目
- 一時的な訴訟費用
- 災害による特別損失
- 一過性のコンサル費用
- M&A関連費用
減算されることが多い項目
- 一時的な特別利益
- 過大な売却益
- 継続性のない収益
オーナー企業でよくある調整
また、中小企業では、オーナー個人に関連する費用が含まれていることがあります。
たとえば、次のような費用です。
- 過大な役員報酬
- 私的な交際費
- 個人利用の車両費
- 個人利用の不動産関連費用
これらの項目(加点項目、減点項目、オーナー個人が使った費用に関する項目)を調整した後のEBITDAを「正常化EBITDA(Normalized EBITDA)」と呼びます。
たとえば、決算書上のEBITDAが8,000万円だったとしても、加点項目、減点項目、オーナー個人が使った費用に関する項目を合算すると、正常化EBITDAが1億円になることもあります。なお、減点項目が多かった場合などは、正常化EBITDAが8,000万円より少なくなることもあります。
自社の売却価格をより正確に知るためのポイント
先に解説した通り、EBITDAが同じ1億円でも、EV/EBITDA倍率が異なると、売却価格には大きな差が出ます。たとえば、業界やエリア、成長率などによって次のような差が出ることもあります。
地方の製造業 → 4~6倍
優良なITサービス企業 → 8~12倍
高成長SaaS企業 → 10倍超
そのため、自社の売却価格をより正確に知るには、業界のマルチプルだけでなく、同業他社のM&A事例や上場企業の評価水準(コンプ分析)も併せて確認することが重要です。
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マルチプルを高くするための「企業磨き上げ」ポイント
M&Aにおける企業価値は、
企業価値(EV)= EBITDA × EV/EBITDA倍率
で表されます。
そのため企業価値を高めるには、次の2つの方法が考えられます。
- ①EBITDA(利益)を増やす
- ②マルチプル(倍率)を高める
多くの経営者は、このうち、①の利益向上に目を向けがちですが、実際のM&Aではマルチプルを高める「企業磨き上げ(Value Enhancement)」によって評価額が大きく変わることがあります。
たとえば次の2社比較のように、利益が同じでも倍率の違いだけで企業価値が2倍になることもあります。
A社:EBITDA 1億円 × 4倍 = 4億円
B社:EBITDA 1億円 × 8倍 = 8億円
買い手は単に「現在の利益」だけでなく、「その利益が将来も安定して継続するか」を重視しているためです。
では、マルチプルを高くするためにはどうすればいいかというと、次のような方法があります。
- ①ストック型収益を増やす
- ②特定顧客・特定人材への依存リスクを減らす
- ③経営者依存から脱却する
- ④利益率を向上させる
- ⑤成長ストーリーを示せる状態にする
それぞれ詳しく解説していきます。
ストック型収益を増やす
企業価値を高めるうえでもっとも重要なポイントの1つが、収益の安定性です。
買い手が高く評価するのは、「今月も売上がある」「来月も売上がある」「来年も売上がある」という状態です。これを「ストック型収益」といいます。たとえば、月額課金(サブスクリプション)や契約更新などによって、継続的に積み上がる安定した売上のことです。
反対に、「毎月ゼロから営業」「案件が取れなければ売上ゼロ」というビジネスモデルは将来予測が難しく、マルチプルが低くなりやすい傾向があります。このように、商品やサービスを1回販売ごとに完結する“売り切り型”の収益構造を「フロー型収益」といいます。
【ストック型収益とフロー型収益の違い】
| ストック型収益 | フロー型収益 |
|---|---|
| SaaS利用料 | システム受託開発 |
| 保守契約 | 単発案件 |
| 月額顧問料 | スポットコンサル |
| サブスク | 都度販売 |
| 定期購入 | 単発購入 |
ストック型収益とフロー型収益には、収益構造に大きな違いがあるため、マルチプルにも差が出やすいです。たとえば、同じEBITDA1億円でも、月額課金中心のSaaS企業はマルチプルが10倍、案件依存の受託企業はマルチプルが5倍ということがあり得ます。
では、ストック収益を増やすためにはどうすればいいかというと、たとえば次のような方法が考えられます。
【ストック型収益を増やす方法】
- 保守契約を導入する
- 定期購入プランを作る
- 長期契約を増やす
- 会員制度を構築する
- サブスクリプション化を進める
特定顧客・特定人材への依存リスクを減らす
買い手が非常に警戒するのが「依存リスク」です。
特定顧客依存
たとえば、売上の70%がA社という状態を考えてみましょう。
もしA社との取引が終了すると、次のような状態に陥る可能性があります。
売上激減
↓
利益激減
↓
企業価値急落
そのため顧客集中度が高い企業は、マルチプルが低く評価されることがあります。
なお、理想的な顧客構成は、たとえば次のように、顧客が分散されている状態です。
- 顧客A 15%
- 顧客B 12%
- 顧客C 10%
- 顧客D 8%
- その他 55%
一般的には、次の状態であると買い手が慎重になります。
- 売上上位1社が50%超
- 売上上位3社で80%超
特定人材依存
中小企業では、営業は社長だけ、技術はAさんだけ、顧客対応はBさんだけ、などのケースがよく見られます。
しかし買い手から見ると、「その人が辞めたらどうなるのか?」という懸念につながります。
属人化によってマルチプルが低下する流れは次の通りです。
キーパーソン退職
↓
売上減少
↓
利益減少
↓
買収リスク増大
↓
マルチプル低下
では、属人かを解消するためにはどうすればいいかというと、たとえば次のような方法が考えられます。
【属人化解消の方法】
- 業務マニュアルを整備する
- 顧客情報を共有する
- 営業担当を複数化する
- 技術ノウハウを文書化する
- 管理職を育成する
こうした取り組みは、M&A時の評価向上につながります。
経営者依存から脱却する
中小企業M&Aで特に重要なのが、オーナー経営者への依存度です。
買い手は、「社長がいなくなっても会社が回るか」を必ず確認します。
たとえば、次のような状態では、事業承継後のリスクが高いと判断されます。
- 社長しか営業できない
- 社長しか見積りできない
- 社長しか採用できない
- 社長しか資金繰りを把握していない
理想的な組織体制としては次の通りで、こうした体制が整備されているほど評価は高くなります。
社長
↓
部門責任者
↓
各担当者
利益率を向上させる
買い手は、売上高よりも利益率を重視することが少なくありません。
たとえば、次の2社の利益が同じなら、B社のほうが効率的な経営をおこなっていると判断されて、高く評価される場合があります。
| 企業 | 売上高 | EBITDA |
|---|---|---|
| A社 | 20億円 | 1億円 |
| B社 | 10億円 | 1億円 |
この場合のA社の改善施策としては、次のようなことが考えられます。
改善施策
- 不採算事業の整理
- 原価率の改善
- 高付加価値商品の拡充
- 値上げの実施
- 生産性向上
利益率が高い企業ほど、一般に高いマルチプルが期待できます。
内部管理体制の整備
M&Aでは、財務諸表の信頼性も重要です。
たとえば、次のような状況は買い手の不安材料になります。
- 月次決算がない
- 在庫管理が不十分
- 契約書が未整備
- 会計処理が不統一
反対に、次のような状態は買い手が好む状態であるといえます。
月次決算あり
↓
数字の精度が高い
↓
将来予測しやすい
成長ストーリーを示せる状態にする
買い手は現在の利益だけでなく、「買収後にどれだけ成長できるか」も見ています。
たとえば、次のような要素があると、成長余地が明確だとみなされて、高いマルチプルがつきやすくなります。
- 新規出店余地がある
- 未開拓エリアがある
- 新サービスを展開できる
- 海外進出の可能性がある
≪企業磨き上げは売却の1~3年前から計画的に進めることが大切≫
企業価値を高めるためには、利益を増やすだけでなく、買い手から見たリスクを減らし、将来性を高めることが重要です。ただし、上記に解説した方法は一朝一夕で結果が出るものではありません。そのため、こうした「企業磨き上げ」を売却の1〜3年前から計画的に進めることが肝心です。時間をかけて計画的に磨き上げていくことによって、同じ利益水準でも企業価値が大きく向上するケースがあります。
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マルチプル法活用時の注意点
マルチプル法を活用する際には、注意すべき点がいくつかあります。
類似企業の選定に慎重になる必要がある
マルチプル法を活用する際には、事業内容、事業規模、成長性などが評価対象企業と類似した企業を選定することが必須です。マルチプル法は、比較対象企業(Comparable Company)によって結果が大きく変わるため、比較対象企業の選定を誤ると、まるで意味のない比較になってしまいます。たとえば、町工場と上場SaaS企業の比較も、何の参考にもなりません。
なお、複数の類似企業を選定して、マルチプルの平均値や中央値を用いると、特定の企業を選んだ場合に生じ得る“特殊要因による影響”を緩和することができます。
ただし、事業内容、規模、収益構造、成長性および成長段階などのすべてが極めて近い企業は、実際のところそうそう簡単に見つかるものではありません。また、類似しているかどうかは評価者の判断となるため、恣意性が入り込む余地があることにも注意が必要です。
また、非公開企業の場合、類似している上場企業を見つけるのがさらに困難な場合が多いと考えられます。しかも、上場企業のように市場で自由に取引されていないことから、流動性ディスカウント(非公開であることによる価値の割引)を考慮しなくてはならないことから、評価が複雑になるという問題点もあります。
市場環境の影響の考慮が必要
景気変動、金利変動、業界のトレンドなどの要因は、マルチプルに影響を与えます。そのため、市場の変動が大きい状況下で使うことは理想的ではありません。
市場の変動が大きすぎない状況下においてマルチプル法を活用する場合は、評価時点における市場環境を考慮することが非常に大切です。
具体的には、過去のマルチプルの推移を分析して、評価時点での市場環境と比較することが役立ちます。また、将来の市場環境の変化を予測して、その変化が及ぼす影響を考慮することも大切です。
「経営権(プレミアム)」と「未上場リスク(ディスカウント)」の考慮が必要
マルチプル法で参照する上場企業の株価は、あくまで「経営に関与しない少数株主としての価値」です。しかし、M&Aでは会社の意思決定権を握る「経営権(過半数〜100%の株式)」を取得するため、一般的に算出された価値に対して20%〜30%程度の「コントロール・プレミアム(経営権に対する上乗せ評価)」が加算される傾向があります。
一方で、非公開企業(未上場企業)の株式は、上場企業のように市場ですぐに換金することができません。そのため「非流動性ディスカウント(換金しにくいことによる割引)」として、逆に一定割合を差し引いて評価する必要があります。実務上は、この「プレミアム(プラス)」と「ディスカウント(マイナス)」が相殺されるケースも多いですが、M&A独自の価格補正メカニズムとして理解しておくことが重要です。
数値化しにくい要素を反映しきれない可能性が高い
マルチプル法においては、類似企業をもとにした指標が重要であるため、独自の強みや将来性を持つ企業に関しては、その価値を十分に捉えることができない可能性があります。経営陣の質やブランド力、技術力、リスクなども、数値化しにくい要素であるといえます。
財務データの歪みの調整が必要
会計処理の方法は、企業によって異なる場合があります。会計処理の方法が異なれば、当然、財務データの結果も変わってきます。そのため、状況に応じて財務データを調整して、比較可能な状態にする必要があります。また、財務データに、一時的な要因による損益が含まれている場合に関しては、一時的な損益を除外するなどの調整作業が必要となります。
将来性の評価を織り込むことが大切(ただし補助的な参考指標でOK)
マルチプル法は、過去の財務データに基づいて企業価値を評価する手法ですが、企業の将来性についても考慮することが大切な場合もあります。特に、成長性が高い企業の価値を算出したい場合は、過去のデータのみでは適切な予測が立ちません。その場合、将来の成長率を考慮したマルチプルを用いて、より正確な評価を心がけることが大切です。
なお、“将来の成長性を考慮できるマルチプル”とは何かというと、PEGレシオ(Price Earnings Growth Ratio)です。PEGレシオは、広義ではマルチプル(倍率)を利用した評価指標ですが、ここまで解説してきたマルチプル法の中心的な指標とは少し位置づけが異なり、M&A実務などではほとんど使われることがありません。
なぜかというと、EV/EBITDA倍率のほうが比較しやすく、また、将来の利益成長率の予測は難しいためです。そのため、M&A実務などにおいては、たとえば“EV/EBIDA倍率をメインで活用して、PEGレシオを補助的な参考指標にする”といった位置づけになります。
PEGレシオの計算方法は次の通りです。
PEGレシオ=予想PER÷利益成長率(EPS成長率)
たとえば、PER:20倍、利益成長率:10%なら、PEGレシオは2.0倍です。
なお、PEGレシオの基準ラインは「1倍」とされており、一般的に「1倍以下」であれば、成長力に対して株価は割安と判断されます。1倍超~2倍以上であれば、適正水準、あるいは成長に対して株価が割高であると判断されます。
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マルチプル法で企業価値を確認した後は、企業価値を高めることについても考えることが大切
マルチプルとは、企業価値を利益や売上の「何倍」で評価するかを示す指標です。M&A実務では、特にEV/EBITDA倍率が広く使われており、「企業価値(EV)= EBITDA × EV/EBITDA倍率」で概算の企業価値を算出できます。ただし、実際のM&Aでは、業界の相場倍率、比較対象企業(コンプ)、正常化EBITDA、デューデリジェンス結果、成長性やリスクなどが加味されて最終価格が決定されます。そのため、企業価値を高めたい場合は、利益を増やすだけでなく、「安定した収益構造を作る」「属人化を解消する」「リスクを減らす」といった企業磨き上げが重要になります。
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
執筆 ジョブカンM&A編集部
ジョブカンM&Aは、株式会社DONUTSが運営するM&Aアドバイザリーサービスです。主に企業の事業承継、成長戦略、出口戦略(イグジット)といった多様なニーズに応えることを目的としています。最大の特徴は、累計導入社数20万社以上を誇るバックオフィス支援クラウドERPシステム「ジョブカン」の広範なネットワークを活用している点です。この強力な顧客基盤を生かし、効率的なマッチングを実現します。
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