クリニックの承継で最も多い誤算は、「引き継いだつもりのものが、引き継げていなかった」というものです。
建物も医療機器もスタッフもそのままなのに、承継から半年で患者数が3割減った。よくある話です。原因は単純で、患者が来ていた理由が院長個人だったからです。
この記事では、承継で実際に引き継げるものと引き継げないものを分けたうえで、自院がいまどちらの比重が大きいのかを判定する方法を扱います。手続きの違い(個人開設と医療法人)については、別記事で整理しています。
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前提:診療所の77%は医師1人で回っている
厚生労働省 関東信越厚生局が公開している「保険医療機関・保険薬局の指定状況(コード内容別一覧表)」から、関東信越10都県の現存する診療所33,971件を集計しました。
| 項目 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 常勤医師が1人 | 26,089件 | 77.0% |
| 無床 | 32,702件 | 96.3% |
常勤医が1人で無床というのが、日本の診療所の標準です。この構造では、医院の価値の相当部分が院長個人に紐づきます。承継を考えるとき、まずここを直視する必要があります。
引き継げるもの、引き継げないもの
承継で移るものを分けると、こうなります。
引き継げるもの
| 分類 | 中身 | 注意点 |
|---|---|---|
| 立地 | 物件・アクセス・周辺人口 | 賃借なら契約の承継可否を確認 |
| 患者基盤 | レセプト件数・再診率・診療圏 | 「院長目当て」の比率が問題 |
| スタッフ | 看護師・医療事務の継続勤務 | 承継を機に辞める人が出る |
| 設備 | 医療機器・内装・電子カルテ | 導入から年数が経った機器は評価されにくい |
| 診療の型 | 予約制・診療時間・診療フロー | 引き継いだ側が変えることも |
引き継ぎにくいもの
| 分類 | なぜ引き継げないか |
|---|---|
| 院長個人への信頼 | 患者は「先生」に来ている。医師が替われば理由が消える |
| 院長にしかできない手技 | 専門性の高い処置・手術は、後任の技量に依存する |
| 地域の人的ネットワーク | 医師会・連携先の病院・介護施設との関係は個人に紐づく |
| 紹介元との関係 | 紹介してくれていた医師との関係は、承継で切れることがある |
この2つの比率が、承継の成否をほぼ決めます。
自院がどちらか、どう判定するか
感覚ではなく、手元のデータで確認できます。
① 再診率を見る
レセプトから、再診の比率を出します。再診率が高いほど、患者は「その医院に通う習慣」を持っています。初診の比率が高い場合、患者は毎回「どこに行くか」を選んでおり、選ばれている理由が院長個人なら、承継で流れます。
② 診療圏の広さを見る
患者の住所分布を確認します。徒歩・自転車圏内が中心なら立地で来ている可能性が高い。一方、電車で数駅・車で30分以上かけて来る患者が多いなら、院長個人を目的に来ています。後者の比率が高い医院は、承継後に患者が離れます。
③ 診療内容の代替可能性を見る
一般内科・小児科のように標準的な診療が中心なら、後任の医師でも同じ医療を提供できます。一方、特定の手技・専門的な処置が売上の柱になっている場合、後任が同じ技量を持たなければ、その部分は消えます。
④ スタッフの勤続年数を見る
看護師・医療事務が長く勤めている医院は、院内の手順がスタッフ側にも蓄積されています。この場合、院長が替わっても診療の流れは保たれます。逆に、スタッフの入れ替わりが激しい医院は、院長個人がすべてを回している可能性が高い。
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判定の結果で、取るべき道が変わる
A. 立地・患者基盤の比重が大きい ── 第三者承継が成立しやすい
- 再診率が高い
- 患者の大半が徒歩・自転車圏内
- 標準的な診療が中心
- スタッフが定着している
このタイプは、医師が替わっても医院が回ります。買い手にとって計算が立つため、承継の相手を見つけやすい。
やるべきことは、引き継げる形に整理しておくことです。診療フローの文書化、スタッフの役割の明確化、電子カルテのデータ整備。これらは承継の準備であると同時に、日常の運営改善にもなります。
B. 院長個人の比重が大きい ── 引き継ぎ期間を長く取る
- 遠方から通う患者が多い
- 特定の手技が売上の柱
- 院長がすべての判断をしている
このタイプは、承継後に患者が離れる前提で設計する必要があります。
有効なのは併診期間を設けることです。半年から1年、前院長と後任が一緒に診療し、患者を引き継ぎます。「〇〇先生の紹介で」という形にすることで、患者の離脱を減らせます。ただし、この期間の人件費は二重になります。
C. どちらも弱い ── 廃業も選択肢に入れる
- 患者数が減り続けている
- スタッフが定着しない
- 賃借物件で原状回復費用が大きい
引き継げるものが少ない場合、承継の相手を探す時間と費用が、得られるものを上回ります。
廃業は失敗ではありません。ただし廃止届、医療機器の処分、原状回復、スタッフの退職手続き、そしてカルテの保存義務(診療完結の日から5年間)があります。これらを見込んで、資金に余裕があるうちに判断してください。
D. まだ判定しなくてよい ── 開業から20年未満で患者数が安定している
先ほどの集計では、指定から20年未満の診療所が64.3%を占めます。この段階では承継の判断より、引き継げる価値を積み上げる時期です。
- スタッフを育てる(院長依存を減らす)
- 診療フローを文書化する
- 医療法人化を検討する(承継時の選択肢が広がる)
これらは承継のためだけでなく、院長が休める体制をつくることでもあります。
承継期に入っている医院の実数
参考までに、承継を考えるべき時期に入っている医院がどれくらいあるかを示します。
| 区分 | 件数 |
|---|---|
| 指定から30年以上の診療所 | 4,242件(12.9%) |
| うち常勤医が1人 | 2,970件 |
関東信越の10都県だけで2,970件です。この層は、院長が退けば医院が止まります。
地域差もあります。栃木では22.7%、群馬では22.4%の診療所が指定から30年以上を経過しており、東京の9.4%と比べて倍以上です。ただし件数では東京が1,250件で最多です。地方は比率の問題として、都市部は数の問題として現れます。
よくある質問
Q. 承継後にどれくらい患者が減りますか。
判定Aのタイプなら1割前後、Bのタイプなら3割を超えることもあります。併診期間を設けた場合と設けない場合でも差が出ます。事前に再診率と診療圏を確認しておけば、おおよその見当が付きます。
Q. スタッフには、いつ伝えればよいですか。
相手が決まってからが原則です。早く伝えると、決まる前に不安から辞めてしまうことがあります。ただし、看護師長など中心となるスタッフには早めに相談するほうがよい場合もあります。承継の成否がその人の協力に左右されるためです。
Q. 患者への告知はどうしますか。
承継が確定してから、院内掲示と個別の説明で伝えます。「閉院」ではなく「継続」であることを明確にするのが要点です。併診期間があるなら、その間に後任を紹介する形が最も離脱が少なくなります。
Q. 医療機器は評価されますか。
新しく、汎用性が高いものほど評価されます。導入から年数が経った機器、あるいは特定の診療にしか使わない機器は、買い手にとって価値が下がります。承継の直前に高額な機器を導入しても、投資額がそのまま評価に乗るわけではありません。
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あわせて読む: クリニックを売却するという選択|第三者承継・親族承継・廃業の境界線
まとめ
- 診療所の77.0%は常勤医1人。医院の価値の相当部分が院長個人に紐づいている
- 承継の成否は「立地・患者基盤の比重」と「院長個人の比重」のどちらが大きいかで決まる
- 判定は4つで見る ── 再診率/診療圏の広さ/診療内容の代替可能性/スタッフの勤続年数
- 立地・患者基盤型なら第三者承継が成立しやすい。院長個人型なら併診期間を長く取る
- 引き継げるものが少ないなら、廃業も正しい判断。カルテの5年保存を含めて費用を見込む
- 開業20年未満(診療所の64.3%)なら、いまは引き継げる価値を積み上げる時期
- 関東信越で、指定30年以上かつ常勤医1人の診療所は2,970件
参考
- 厚生労働省 関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の指定状況(コード内容別一覧表)」(本記事の診療所33,971件の集計はこの公開データによる)
- 厚生労働省「医療施設調査」
- 厚生労働省「医療法人・医業経営のホームページ」
- 中小企業庁「事業承継」
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
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