クリニックを売却するという選択|第三者承継・親族承継・廃業の境界線

「そろそろ次を考えないといけない」と感じながら、何から手を付ければいいのか分からない。クリニックの院長から最も多く聞く言葉です。

売却、親族への承継、第三者への承継、そして廃業。選択肢はいくつかありますが、どれが優れているかという順位はありません。決まるのは、その医院がいまどういう状態にあるかです。

この記事では、公的データで日本の診療所がどういう構造になっているかを確認したうえで、どういう条件ならどの選択肢を採るのかを整理します。

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目次
  1. 診療所の77%は、院長が1人で診ている
  2. 承継期に入っている医院はどれくらいあるか
    1. 地方ほど比率が高く、都市部ほど件数が多い
  3. 4つの選択肢と、その境界線
    1. ① 親族に承継する ── 後継者が医師で、意思がある場合
    2. ② 第三者に承継する(売却) ── 後継者がいないが、医院に価値が残っている場合
    3. ③ 廃業する ── 引き継げる価値が残っていない場合
    4. ④ まだ動かなくてよい ── 開業から20年未満で、診療が安定している場合
  4. いつから考え始めるか
  5. よくある質問
  6. まとめ
  7. 参考

診療所の77%は、院長が1人で診ている

まず前提となる数字を確認します。厚生労働省 関東信越厚生局が公開している「保険医療機関・保険薬局の指定状況(コード内容別一覧表)」から、関東信越10都県の現存する診療所33,971件を集計しました。

項目 件数 割合
常勤医師が1人の診療所 26,089件 77.0%
無床の診療所 32,702件 96.3%
個人開設とみられる診療所 13,828件 40.7%

常勤医が1人というのは、その医師が診療をやめた時点で医院が止まるということです。診療所の4分の3以上がこの状態にあります。従業員が10人いても、20年の患者基盤があっても、医師が1人なら医院は続きません。

これが、一般の中小企業の事業承継と決定的に違う点です。製造業なら工場と設備と技術者が残りますが、無床診療所に残るのは内装と医療機器、そしてカルテです。

承継期に入っている医院はどれくらいあるか

同じデータから、保険医療機関の指定を受けてからの経過年数を出しました。指定日は実質的な開業日にあたります。

経過年数 診療所 割合
〜9年 12,495件 38.0%
10〜19年 8,646件 26.3%
20〜29年 7,458件 22.7%
30〜39年 3,284件 10.0%
40年以上 958件 2.9%

30年以上が4,242件(12.9%)。30代半ばで開業したとすれば、院長は60代半ばに入っている計算です。

さらに絞り込むと、指定から30年以上が経過し、かつ常勤医が1人の診療所が2,970件あります。関東信越だけで、です。この層は「あと何年続けるか」を決めなければならない位置にいます。

地方ほど比率が高く、都市部ほど件数が多い

同じ集計を都県別に分けると、性格が分かれます。

都県 30年以上の件数 全体に占める割合
東京 1,250件 9.4%
神奈川 672件 10.4%
埼玉 552件 13.9%
千葉 449件 13.2%
栃木 267件 22.7%
群馬 281件 22.4%
山梨 108件 18.7%

栃木・群馬では診療所の5軒に1軒以上が指定から30年を超えています。一方で東京は比率こそ9.4%と低いものの、件数では1,250件と最多です。

地方は「地域の医療が途切れる」問題として、都市部は「数の多さ」として、同じ承継の話が別の顔で現れます。

4つの選択肢と、その境界線

ここからが本題です。どれを選ぶかは、次の3つでほぼ決まります。

  • 後継者がいるか
  • 医院に医師個人から切り離せる価値があるか(患者基盤・立地・スタッフ・設備)
  • 院長があと何年診療を続けられるか

① 親族に承継する ── 後継者が医師で、意思がある場合

最も引き継ぎコストが低い形です。患者・スタッフ・取引先との関係がそのまま残り、医院名も変わりません。

ただし条件は厳しく、後継者が医師免許を持ち、その診療科を継ぐ意思があり、時期が合うことが必要です。子が医師でも、専門が違えば診療内容は変わります。勤務医として大学や基幹病院でキャリアを積んでいれば、開業医に転じる時期の調整もいります。

個人開設のままなら、承継は「廃止と新規開設」になります。保険医療機関の指定を取り直すため、患者への周知期間も見込んでください。医療法人であれば、出資持分や役員の変更で引き継げます。

② 第三者に承継する(売却) ── 後継者がいないが、医院に価値が残っている場合

親族に後継者がいない場合の現実的な選択肢です。買い手は、近隣で分院展開する医療法人、独立を考えている勤務医、医療系の事業会社などです。

この形が成立するのは、医師個人から切り離せる価値がある場合に限られます。

引き継げるもの 引き継ぎにくいもの
立地・物件(駅前・住宅地・商業施設内など) 院長個人への信頼で来ている患者
患者基盤(レセプト件数・再診率) 院長にしかできない手技
継続勤務するスタッフ 名義だけの許認可
医療機器・内装・電子カルテ

裏を返すと、院長個人の評判だけで成り立っている医院は、売却が難しいということです。患者数が院長の腕に紐づいているほど、承継後に離れます。

「あと2〜3年で閉じよう」と考えている段階では、まだ選択肢が残っています。患者数が落ち始め、スタッフが辞め始めてからでは、引き継げる価値そのものが減っています。

③ 廃業する ── 引き継げる価値が残っていない場合

次のいずれかに当てはまるなら、廃業のほうが合理的です。

  • 患者の大半が院長個人を目的に来ており、承継しても残らない
  • 賃借物件で、原状回復費用が資産価値を上回る
  • 診療報酬の改定で採算が取れない診療形態になっている
  • 院長の健康上の理由で、引き継ぎ期間を確保できない

廃業は失敗ではありません。ただし費用はかかります。保険医療機関の廃止届、医療機器の処分、内装の原状回復、スタッフの退職手続き、そしてカルテの保存義務(診療完結の日から5年間)。これらを見込まずに閉じると、あとから費用が出てきます。

④ まだ動かなくてよい ── 開業から20年未満で、診療が安定している場合

いま何もしないという選択も、条件が揃えばまったく正しいです。

  • 開業から20年未満(先ほどの集計では、これが診療所の64.3%)
  • 院長が50代前半まで
  • 患者数が横ばい以上

この段階でM&Aの相談をしても、話は前に進みません。ただし医療法人化を検討しておく価値はあります。個人開設のままだと、承継のときに「廃止と新規開設」になり、選択肢が狭まるためです。

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いつから考え始めるか

事業承継全般では、経営者の高齢化が進んでいます。中小企業庁の資料によれば、中小企業の経営者の平均年齢は60.7歳(2024年)で、60歳以上が過半数を占めます。承継の形も変化しており、2025年には「内部昇格」が「同族承継」を上回りました。親族に継がせるのが当たり前という前提は、すでに崩れています。

医療機関でも構図は同じです。厚生労働省の統計では、診療所に従事する医師の平均年齢は58.0歳で、70歳以上が25.4%を占めます。

準備期間の目安は次のとおりです。

選択肢 準備に要する期間の目安
親族承継 3〜5年(後継者のキャリア調整を含む)
第三者承継 1〜2年(相手探しから引き継ぎまで)
廃業 6か月〜1年(届出・処分・カルテ保存の手配)

第三者承継が最も短く見えますが、これは「引き継げる価値が残っている状態」で始めた場合です。患者数が減ってから探し始めると、相手が見つかるまでの時間が読めなくなります。

よくある質問

Q. 患者数が減っていますが、売却できますか。

減少の理由によります。人口動態による減少なら、立地と患者基盤で評価される余地があります。院長の診療時間短縮による減少なら、体制を戻せば回復する見込みとして扱えます。一方、近隣に競合が開業して患者が流れている場合は、承継後も戻らないため評価は下がります。

Q. 個人開設のままでも売却できますか。

できます。ただし形式は「事業譲渡」になり、買い手は保険医療機関の指定を取り直します。医療法人であれば持分譲渡や合併という形が取れるため、手続きは軽くなります。医療法人化には時間がかかるので、承継を視野に入れているなら早めに検討してください。

Q. スタッフの雇用はどうなりますか。

第三者承継では、雇用の継続が条件に入ることが多くあります。看護師や医療事務が残ることは買い手にとって価値があるためです。逆に、承継のタイミングで全員が辞める前提だと、引き継げる資産が減ります。

Q. 相談すると売却を勧められませんか。

判断材料が揃っていない段階では、まだ動かないほうがよい医院もあります。この記事の④に当てはまるなら、それが答えです。相談の目的は、いまどの位置にいるかを確認することです。

あわせて読む: クリニック承継で「引き継げるもの」と「引き継げないもの」の見分け方

まとめ

  • 診療所の77.0%は常勤医が1人。院長が退けば医院は止まる
  • 関東信越だけで、指定から30年以上かつ常勤医1人の診療所が2,970件ある
  • 選択肢は親族承継・第三者承継・廃業・現状維持の4つ。優劣ではなく条件で決まる
  • 分かれ目は「後継者の有無」「医師個人から切り離せる価値があるか」「あと何年続けられるか」
  • 開業20年未満で診療が安定しているなら、いま動かなくてよい。ただし医療法人化は検討する価値がある
  • 第三者承継は、引き継げる価値が残っているうちに始めたときだけ短期間で済む

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参考

ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部

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