「自社はいくらで売れるのか」「仲介会社から提示された金額は妥当なのか」を判断するには、価格がどの計算式から出てきたかを知る必要があります。同じ会社でも、採用する手法によって算定額は2倍近く変わります。
この記事では、価格算定の3つのアプローチを整理したうえで、時価純資産2億円・営業利益5,000万円の会社を4つの手法で実際に試算し、どの条件でどの手法が使われるかを判定表にまとめます。
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価格算定の3つのアプローチ
日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」(経営研究調査会研究報告第32号)は、企業価値の評価手法を次の3つに分類しています。
インカムアプローチ
評価対象会社から期待される利益、またはキャッシュフローに基づいて価値を評価する方法です。代表格がDCF法(フリー・キャッシュ・フロー法)で、ほかに収益還元法、配当還元法が属します。
将来の収益獲得能力や、その会社固有の性質を評価結果に反映させやすい点が長所です。一方で、事業計画などの将来情報から恣意性を排除するのが難しく、客観性が問題になるケースがあると同ガイドラインは指摘しています。
マーケットアプローチ
上場している同業他社や類似取引事例と比較して、相対的に価値を評価する方法です。類似上場会社法(マルチプル法・倍率法)、類似取引法、市場株価法、取引事例法が属します。
市場での取引環境を反映しやすく、一定の客観性に優れます。ただし、類似する上場会社が存在しない業種や、他社と異なる成長ステージにある会社では評価が困難になります。
コストアプローチ
貸借対照表上の純資産に注目する方法です。簿価純資産法と時価純資産法(修正簿価純資産法)が属します。日本公認会計士協会のガイドラインでは、コストアプローチという通称に対して「ネットアセット・アプローチ」という呼称が採用されています。本記事では以下、コストアプローチで統一します。
帳簿が適正に作成され時価情報が取りやすい状況であれば、客観性に優れます。一方、一時点の純資産に基づく評価のため、のれんが適正に計上されていない場合は将来の収益能力を反映できません。
同ガイドラインは3アプローチの一般的な特徴を次のように整理しています。
| 評価軸 | インカム | マーケット | コスト |
|---|---|---|---|
| 客観性 | 問題となるケースもある | 優れている | 優れている |
| 市場での取引環境の反映 | やや優れている | 優れている | 問題となるケースもある |
| 将来の収益獲得能力の反映 | 優れている | やや優れている | 問題となるケースもある |
| 固有の性質の反映 | 優れている | 問題となるケースもある | やや優れている |
どのアプローチも一長一短で、相互に問題点を補完する関係にあります。そのため実務では複数のアプローチで算定し、比較・検討したうえで総合評価するのが一般的です。
中小M&Aの実務で主流の年買法
理論上は上の3アプローチが整理されていますが、中小企業のM&Aで実際に多く使われるのは「時価純資産に数年分の利益を加算する」という計算式です。実務では年買法、または年倍法と呼ばれます。
株式価値 = 時価純資産 + 利益 × 年数
中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」の参考資料2「中小M&Aの譲渡額の算定方法」にも、同じ構造の算定が記載されています。原文では次のように説明されています。
- 加算対象とする利益の種類は、税引後利益または経常利益等
- 年数は通常1年から3年
- 利益の種類も年数も事例ごとに異なり、交渉によって決まるケースが多い
民間の仲介実務では営業利益を3年から5年分加算する説明も広く使われており、加算する利益の定義も年数も統一されていません。提示された金額を検証するときは、まず「どの利益に、何年を掛けたのか」を確認してください。ここが1年違うだけで、営業利益5,000万円の会社なら5,000万円動きます。
理論的には粗いのに実務で通用している理由
年買法には理論的な裏付けがありません。加算年数の根拠が「慣行」以上のものにならず、成長率も割引率も反映されないためです。それでも中小M&Aの現場で通用しているのは、次の3点によります。
- 売り手と買い手の双方が、追加の専門知識なしに計算過程を検算できる
- 純資産という検証可能な数字から出発するため、恣意性が入る余地が年数だけに限定される
- 事業計画の精度に依存しないため、精緻な将来計画を作っていない会社でも算定できる
交渉は合意形成の作業です。片方が理解できない数式で出された金額は、精度が高くても合意に至りません。年買法が残っているのは、精度ではなく合意しやすさによる部分が大きいといえます。
同じ会社を4手法で算定するといくらになるか
ここからは架空の会社を1社置いて、4つの手法で試算します。前提は次のとおりです。
| 前提項目 | 金額 |
|---|---|
| 時価純資産 | 2億円 |
| 営業利益 | 5,000万円 |
| EBITDA(営業利益+減価償却費) | 7,000万円 |
| 減価償却費 | 2,000万円 |
| 有利子負債 | 1億円 |
| 現預金 | 5,000万円 |
| 純有利子負債(有利子負債−現預金) | 5,000万円 |
| 法人税等の実効税率 | 30% |
| 設備投資 | 2,000万円(減価償却費と同額、運転資本の増減はなしと仮定) |
純資産法
時価純資産をそのまま株式価値とします。
株式価値 = 2億円
年買法(3年分を加算)
時価純資産に営業利益の3年分を加算します。
2億円 + 5,000万円 × 3年 = 3億5,000万円
加算年数を1年から5年で動かすと、2億5,000万円から4億5,000万円の幅になります。
類似会社比較法(EV/EBITDA倍率法)
中小M&Aのマーケットアプローチでは、EV/EBITDA倍率法が多く用いられます。計算式は次のとおりです。
株式価値 = EBITDA × EV/EBITDA倍率 − 純有利子負債
倍率には、中小企業庁の「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」で公表されている2024年度の実績値(株式譲渡案件1,987件の中央値)7.3倍を使います。
- 事業価値(EV): 7,000万円 × 7.3倍 = 5億1,100万円
- 株式価値: 5億1,100万円 − 5,000万円 = 4億6,100万円
中小企業は上場会社と比べて株式の流動性が低いため、30%程度の非流動性ディスカウントを行うケースがあります。これを適用すると次のようになります。
4億6,100万円 × 0.7 = 約3億2,300万円
DCF法
フリーキャッシュフローを割引率で割り戻します。ここでは成長率0の永久還元という最も単純な形で計算します。
- フリーキャッシュフロー: 5,000万円 × (1 − 0.3) + 2,000万円 − 2,000万円 = 3,500万円
| 割引率 | 事業価値 | 株式価値(純有利子負債控除後) |
|---|---|---|
| 8% | 4億3,750万円 | 約3億8,800万円 |
| 12% | 2億9,167万円 | 約2億4,200万円 |
割引率を4ポイント動かしただけで、株式価値が1億4,000万円以上変わります。DCF法が「精緻だが動かしやすい」と言われるのはこのためです。
4手法の結果を並べる
| 手法 | 株式価値 | 純資産法との差 |
|---|---|---|
| 純資産法 | 2億円 | — |
| 年買法(営業利益3年分) | 3億5,000万円 | +1億5,000万円 |
| 類似会社比較法(7.3倍・30%ディスカウント後) | 約3億2,300万円 | +1億2,300万円 |
| DCF法(割引率8%) | 約3億8,800万円 | +1億8,800万円 |
| DCF法(割引率12%) | 約2億4,200万円 | +4,200万円 |
同じ会社、同じ決算書から、2億円から3億8,800万円まで開きます。「いくらで売れるか」という問いに単一の正解が存在しないのは、この構造によるものです。
なお、上記はすべて一般的な前提を置いた試算例です。実際の算定は資産の実在性、簿外債務の有無、取引先との契約条件などを個別に確認したうえで行う必要があり、この計算どおりの価格で売却できることを示すものではありません。自社の算定は、公認会計士・税理士・M&A支援機関などの専門家に依頼してください。
まずは「自分の会社がいくらか」を知るところから
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どの手法がどの条件に向いているか
手法の優劣ではなく、自社がどの条件に当てはまるかで見てください。
| 手法 | 会社の規模 | 事業計画 | 収益状況 | 業種・比較対象 | 買い手 |
|---|---|---|---|---|---|
| 年買法 | 従業員50人以下、決算書以外の資料が整っていない | 作っていなくてよい | 直近3期が安定して黒字 | 問わない | 同業の事業会社 |
| DCF法 | 問わない | 3期から5期分あり、受注残や契約で裏づけできる | 成長投資の途中で直近利益が実力より小さくても使える | 将来キャッシュフローが読める収益構造(継続課金、長期契約) | ファンド(投資回収期間とリターンで判断する) |
| 純資産法 | 問わない | 不要 | 直近が赤字、または利益がほぼ出ていない | 不動産・有価証券など含み益のある資産が資産の大半、事業の継続性に疑義がある | 事業でなく資産の取得が目的の買い手 |
| 類似会社比較法 | 問わない | 不要 | EBITDAが安定的に出ている | 上場している同業他社が複数あり、許認可・商流が揃う | ファンド、または投資基準を倍率で設定している上場企業 |
| 算定自体がまだ早い | 問わない | — | 決算書が3期分そろっていない | — | 名義株・分散株式が未整理、未払残業代や連帯保証の有無が未把握、社長個人の資産と会社資産が未分離 |
最後の行に当てはまる場合、どの手法で算定しても買い手のデューデリジェンスで数字が作り直されます。先に後述のチェックリストを片づけてから算定に進むほうが、結果的に手戻りが少なくなります。
業種による違いも無視できません。中小企業庁の2024年度集計では、EV/EBITDA倍率の中央値が建設業5.4倍、生活関連サービス業・娯楽業5.1倍である一方、不動産業・物品賃貸業は19.6倍でした。全体でも第1四分位3.6倍から第3四分位15.5倍に分布しており、「中小企業の相場は何倍」という一律の目安は成立しません。
算定額と成約価格がズレる理由
算定は交渉の出発点であり、着地点ではありません。中小M&Aガイドラインも「算出された金額が必ずそのまま譲渡額となるわけではなく、当事者同士が最終的に合意した金額が譲渡額となる」と明記しています。ズレを生む要因は主に5つです。
のれん
買い手が純資産を超えて支払う部分がのれんです。技術、顧客基盤、許認可、ブランド、人材といった貸借対照表に載らない価値に対する対価であり、年買法における加算部分もここに相当します。買い手が会計上のれんを何年で償却するかによって、払える上限が変わります。
シナジー
買い手が統合後に得られる増益分です。仕入の集約による原価低減、拠点の統廃合、顧客の相互紹介などが該当します。シナジーは買い手ごとに大きさが違うため、同じ会社を複数の買い手に提示すると、この部分の差で価格が分かれます。日本公認会計士協会のガイドラインも、支配権の移転に伴いシナジー効果等を反映した追加的な支払いが生じることをコントロール・プレミアムとして整理しています。
買い手との相性
買い手が欲しい要素と、売り手の強みが一致しているかどうかです。同じ製造業でも、生産能力が欲しい買い手と販路が欲しい買い手では、同じ会社の評価が変わります。相性のよい買い手に当たるかどうかは、算定手法ではなくマッチングの問題です。
交渉力
代替案があるかどうかで決まります。買い手候補が1社しかいない売り手と、複数の意向表明を受けている売り手では、同じ算定額でも着地が変わります。廃業期限が迫っていて時間的余裕がない場合も、交渉力は下がります。
タイミング
業界再編の進行度、金利水準、買い手企業の資金余力、株式市場の水準といった外部環境です。自社の努力では動かせない要素ですが、売却時期を選べる立場にあるなら影響が大きい部分です。
価格を下げる要因
デューデリジェンスで発見されると、算定額から差し引かれるか、最悪の場合は交渉が止まります。株式譲渡は法人格に変動がないため、簿外債務や偶発債務のリスクが引き継がれる点に注意が必要です。
簿外債務
貸借対照表に表れない債務です。退職給付引当金の不足、リース債務、計上されていない買掛金などが典型です。金額が確定すれば、そのまま譲渡額から控除されます。
名義株
実際に出資していない親族・知人の名義になっている株式です。株主名簿が整備されていない、株券が管理されていないケースも同様に問題になります。全株式を譲渡する前提なら、譲り渡し側経営者が全株式を保有している必要があります。
社長依存
売上の大半が社長個人の人脈で成立している、実務判断が社長にしか下せない、といった状態です。社長が退任した後に収益が続く保証がないため、買い手はのれん部分を大きく割り引きます。
特定取引先への依存
1社で売上の30%以上を占めるような構造です。その取引先との契約にチェンジ・オブ・コントロール条項があると、株主の変更を理由に契約解除される可能性があります。
未払残業代
労働時間の記録が残っておらず、固定残業代の運用も曖昧という状態では、過去分の請求リスクを買い手が価格から控除します。中小M&Aガイドラインでも、株式譲渡において貸借対照表の数字に表れない簿外債務の例として未払残業代が挙げられています。
まずは「自分の会社がいくらか」を知るところから
ジョブカンM&Aでは、専任アドバイザーが事業価値の簡易査定から成約まで一貫して伴走します。相談は無料。売却・買収のどちらでもお気軽にどうぞ。
売り手が事前にできること
中小M&Aガイドラインは、M&Aに先立つ「見える化」「磨き上げ」の中でも、最低限として株式・事業用資産等の整理・集約が必要だとしています。着手から成約まで1年前後かかるため、遅くとも検討開始の時点で次を確認してください。
株式・資産の整理
- [ ] 株主名簿を最新の状態に更新し、記載内容と実態が一致しているか確認した
- [ ] 名義株の有無を確認し、ある場合は本来の株主への名義変更または買取りを済ませた
- [ ] 分散している株式を集約し、全株式を譲渡できる状態にした
- [ ] 事業用の不動産・機械設備の名義を確認し、第三者名義・係争中の物件がないか確認した
- [ ] 会社資産と社長個人の資産を明確に分離した(社長名義の事業用不動産、会社が支払っている個人費用など)
財務の整理
- [ ] 直近3期分の決算書と、その根拠となる総勘定元帳をそろえた
- [ ] 退職給付債務、リース債務、保険の解約返戻金など簿価と実態が乖離する項目を洗い出した
- [ ] 役員報酬・接待交際費・保険料など、買い手が実力値に引き直す項目を自分で計算した
- [ ] 不良在庫・回収見込みのない売掛金を整理し、時価純資産の水準を把握した
事業リスクの整理
- [ ] 主要取引先ごとの売上構成比を算出し、上位1社の比率を確認した
- [ ] 主要取引先との契約にチェンジ・オブ・コントロール条項が入っていないか確認した
- [ ] 労働時間の記録方法と残業代の支払状況を確認し、未払いがあれば是正した
- [ ] 社長が担っている業務を書き出し、引き継げるものから権限を移譲した
- [ ] 許認可の名義と有効期限を確認し、承継方法を確認した(事業譲渡では取り直しが必要な場合があります)
交渉準備
- [ ] 経営者保証の内容を金融機関に確認し、解除の見通しを把握した
- [ ] 譲渡後に自分が何をしたいか(引継ぎ期間、退任時期、競業避止の許容範囲)を決めた
- [ ] 複数の支援機関から意見を聞き、セカンドオピニオンを取れる体制にした
このうち効果が大きいのは、社長依存の解消と取引先の分散です。どちらも半年から数年かかるため、価格を上げたいなら最初に着手する項目になります。
よくある質問
Q. 仲介会社の算定額が他社と大きく違います。どちらが正しいのでしょうか。
どちらも「正しい」可能性があります。採用した手法、加算年数、使った倍率、非流動性ディスカウントの有無で結果は変わるためです。金額そのものではなく、算定書に記載された前提条件を並べて比較してください。中小M&Aガイドラインは、仲介者は両当事者を依頼者とする立場上、確定的なバリュエーションを実施すべきではないとしており、参考資料として簡易に算定した結果である旨が示される必要があるとしています。
Q. 赤字ですが売れますか。
売却自体は可能です。ただし年買法やDCF法は加算する利益・キャッシュフローが乏しいため機能しにくく、純資産法が基準になります。含み益のある不動産、許認可、人材、顧客リストといった資産に価値を見出す買い手を探すことになります。
Q. EV/EBITDA倍率の中央値7.3倍を自社に当てはめてよいですか。
そのまま当てはめることは推奨されません。この数値は中小企業庁が登録M&A支援機関からの報告を集計したもので、業種によって中央値が5倍台から20倍近くまで分かれています。また同庁も、元データの時価・簿価が統一されていない場合があるとして、あくまで参考としての活用を求めています。
Q. 算定を依頼する前に自分で計算しておく意味はありますか。
あります。提示された金額が妥当かを判断する基準が持てるほか、どの項目を改善すれば価格が動くかが把握できます。上記の年買法であれば、時価純資産と営業利益の2つを押さえるだけで概算が出せます。
参考
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部
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