M&Aの検討が動き出すと、最初に交わす契約書が秘密保持契約(NDA)である。相手から雛形が送られてきて、「まずはこれにサインを」と促される。だが、この1枚が売り手・買い手の双方にとって想像以上に重い意味を持つ。開示する情報の範囲、開示後の使い道の制限、従業員への接触の可否──交渉が破談になったときに自社を守れるかどうかは、この段階の文言で決まる。
本稿では、NDAで売り手・買い手双方が確認すべきポイントを整理し、実務でそのまま使えるチェックリストと、不利になりやすい条項の修正文面をビフォーアフターで示す。あわせて、NDA締結から本格的な情報開示に至るまでの安全な進め方を解説する。
なお、契約書の最終的な判断は弁護士に確認することを前提としてほしい。本稿は交渉のたたき台を作るための実務メモである。
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M&Aの秘密保持契約(NDA)で売り手・買い手が確認すべき必須チェックリスト
秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement、CA:Confidentiality Agreementとも呼ぶ)とは、M&Aの検討過程で開示される情報を第三者に漏らさず、検討以外の目的に使わないことを約束する契約である。
売り手・買い手の双方が確認すべき項目は多岐にわたるが、実務上は以下のチェックリストを基準に点検を行うと効率的である。
| チェック項目 | 売り手側の注意点 | 買い手側の注意点 |
|---|---|---|
| 1. 双務性 | 自社だけでなく買い手側も秘密保持義務を負う「双務契約」になっているか。 | 自社が開示する買収戦略や買収資金情報も保護されるか。 |
| 2. 検討事実の秘密性 | 「M&A検討の事実」自体が秘密情報に含まれているか。 | 自社が買収を検討している事実が外部に漏れない建て付けになっているか。 |
| 3. 秘密情報の定義 | 口頭や現地視察で提示した情報も対象に含まれているか。 | 対象範囲が広すぎて過度な管理負担が発生しないか。 |
| 4. 目的外使用の禁止 | 自社のノウハウや顧客情報が、相手の事業に流用されないか。 | 将来の自社事業の発展を不当に制限する文言になっていないか。 |
| 5. 受領者(開示先)の範囲 | 無限定な関係会社や第三者への情報共有が禁止されているか。 | 自社の親会社、専門アドバイザー、融資銀行等に開示できるか。 |
| 6. 返還・破棄義務 | 交渉破談時に開示資料の全破棄・返還が保障されているか。 | バックアップデータの消去義務など、不可能な要求が含まれていないか。 |
| 7. 従業員の勧誘禁止 | 交渉過程で知った自社社員の引き抜き(直アプローチ)を禁止できるか。 | 一般的な求人公募による採用まで禁止されないよう例外規定があるか。 |
① 双務契約になっているか
雛形が買い手から提示される場合、売り手だけが秘密保持義務を負う片務契約になっていることがある。売り手も買い手の資本政策や検討状況を知る立場にあるため、双方が義務を負う形にするのが公平だ。
さらに重要なのは、「M&Aの検討をしている事実そのもの」を秘密情報に含めることである。会社を売ろうとしているという情報が漏れれば、従業員の動揺、取引先の与信見直し、競合の攻勢を招く。これは開示した財務データよりも深刻な打撃になりうる。
② 秘密情報の定義が実態に合っているか
「書面に『秘密』と明示したものに限る」といった定義は、口頭で伝えた内容や工場見学で見せた設備、面談で話した経営課題が対象外になる。M&Aの初期は口頭でのやり取りが多く、この定義のままでは実質的に無防備になる。
③ 目的外使用の禁止が明記されているか
秘密保持と目的外使用の禁止は別の話だ。「漏らさない」だけでは、相手が入手した情報を自社の営業活動や競合分析に使うことを止められない。「本件M&Aの検討・実行の目的にのみ使用する」と目的を限定する条項が必要になる。
④ 開示できる範囲(受領者の範囲)が限定されているか
買い手は、弁護士・会計士・仲介会社・金融機関などに情報を共有しながら検討を進める。これを一律に禁じることは現実的ではないが、共有先を限定し、同等の義務を負わせる建て付けにしておきたい。「関係会社」「アドバイザー」といった曖昧な語のまま放置すると、想定外の広がり方をする。
⑤ 返還・破棄の義務が実行可能な形か
交渉が破談になったとき、渡した資料をどうするか。返還または破棄、およびその証明まで書いておかないと、相手の手元に決算書や顧客リストが残り続ける。電子データについては、サーバーやバックアップに残る分の扱いを現実的な範囲で定める必要がある。
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【秘密保持契約 修正条項例文】相手に不利な条項を修正するビフォーアフター
ここからは、実務で実際に問題になりやすい条項を、売り手・買い手双方の視点から修正例文とともに見ていく。文中の「甲」を売り手、「乙」を買い手として記載する。
「秘密情報の範囲」が狭すぎる場合の修正例文(売り手有利への変更)
▼ ビフォー(売り手に不利)
第1条(秘密情報)
本契約において「秘密情報」とは、甲が乙に対し、書面により開示し、かつ「秘密」である旨を明示した情報をいう。
この定義では、面談で口頭説明した経営数値、現場見学で目にした製造工程、メールに添付し忘れて画面共有で見せた資料などが、すべて保護の外に置かれる。
▼ アフター(修正例)
第1条(秘密情報)
本契約において「秘密情報」とは、本目的に関連して甲が乙に対して開示または提供した一切の情報(書面、電磁的記録、口頭、映像、現地視察その他開示の方法および媒体を問わない)をいう。
2 前項にかかわらず、口頭その他無形の方法により開示された情報については、開示の時点でその旨を告げ、開示後30日以内に書面によりその概要を通知したものを秘密情報として取り扱う。
3 甲および乙が本件取引を検討している事実、本契約の存在および内容、ならびに協議の経過は、秘密情報に含まれるものとする。
第2項は、口頭情報を無制限に秘密情報とすると相手の負担が過大になるため、実務上の折衷案として置かれることが多い。第3項が、売り手にとって最も重要な一文である。
秘密情報から除外される項目(この範囲は妥当か確認する)
一般的に、次の情報は秘密情報から除外される。この除外規定自体は合理的だが、文言が広すぎないかは確認したい。
次の各号のいずれかに該当する情報は、秘密情報に含まれない。
① 開示の時点ですでに公知であった情報
② 開示後、受領者の責に帰すべき事由によらず公知となった情報
③ 開示の時点ですでに受領者が正当に保有していた情報
④ 受領者が秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に取得した情報
⑤ 受領者が秘密情報によることなく独自に開発した情報
⑤の「独自開発」は、争いになったときの立証が難しい。売り手としては、「独自に開発したことを書面により立証できる情報」と限定を加えておきたい。
「開示可能な対象範囲」が限定されすぎている場合の修正例文(買い手有利への変更)
買い手企業が買収検討を行う際、親会社やLBOローンを検討する提携金融機関、委託する会計士等に情報を共有できないと検討がストップする。買い手側は受領者の範囲を広げる修正を行うべきである。
▼ ビフォー(買い手に不利)
第3条(開示の禁止)
乙は、甲の事前の書面による承諾を得た場合を除き、秘密情報を第三者に開示または漏洩してはならない。
▼ アフター(修正例)
第3条(開示の禁止および受領者の範囲)
乙は、甲の事前の書面による承諾を得た場合を除き、秘密情報を第三者に開示または漏洩してはならない。
2 前項の規定にかかわらず、乙は、本目的の遂行に必要な合理的範囲内に限り、自社および親会社の役員・従業員、ならびに法令上または契約上の秘密保持義務を負う弁護士、公認会計士、税理士、金融機関およびM&Aアドバイザーに対し、秘密情報を開示することができる。この場合、乙は当該開示先に対し、本契約に基づくのと同等の秘密保持義務を課すものとする。
「有効期間」が長すぎる(または短すぎる)場合の修正例文
有効期間には、①契約自体の有効期間と、②秘密保持義務の存続期間の2つがある。この2つを混同した条文は少なくない。
▼ ビフォー(曖昧で危険)
第7条(有効期間)
本契約の有効期間は、締結日から1年間とする。
これでは、1年経過後に秘密保持義務まで消滅すると読める。売り手が渡した財務データや顧客情報が、1年後には自由に使えることになりかねない。
▼ アフター(修正例)
第7条(有効期間および存続)
本契約の有効期間は、締結日から1年間とする。ただし、期間満了の1か月前までに甲乙いずれからも別段の申出がないときは、同一条件でさらに1年間延長されるものとし、以後も同様とする。
2 本契約が終了した場合であっても、第〇条(秘密保持義務)、第〇条(目的外使用の禁止)、第〇条(返還・破棄)および第〇条(従業員の勧誘禁止)の規定は、本契約終了後3年間、なお効力を有する。
存続期間は、情報の性質によって適切な長さが変わる。顧客リストや価格情報のように陳腐化が早い情報は2〜3年、製造ノウハウや技術情報は5年以上が目安になる。反対に、期間が過度に長い(あるいは無期限の)義務を売り手側が負う形になっている場合は、自社の負担が現実的かを検討したい。無期限の義務は、管理コストを永久に負い続けることを意味する。
期間を情報の種類で分ける書き方
秘密保持義務の存続期間は、本契約終了後3年間とする。ただし、技術情報および製造に関するノウハウについては、本契約終了後5年間とする。
「引き抜き防止条項(引き抜き禁止)」の追加・修正例文
売り手にとって最大のリスクの一つが、交渉過程で知った人材を買い手が直接引き抜くことだ。DD(デューデリジェンス)の過程で、キーパーソンの経歴・処遇・実績は買い手に開示される。破談後にその人物へ直接アプローチされれば、売り手は事業の中核を失う。
多くのNDA雛形には、この条項が入っていない。売り手側から追加を求めるべき条項である。
▼ 追加する条項例
第〇条(従業員の勧誘の禁止)
乙は、本契約の有効期間中および本契約終了後2年間、甲の役員および従業員に対し、直接または間接を問わず、甲を退職して乙またはその関係会社に雇用されるよう勧誘してはならない。
2 前項の規定は、次の各号に該当する場合には適用しない。
① 一般に公開された求人広告に応募した者を採用する場合
② 乙による勧誘によらず、当該役員または従業員が自発的に応募した場合
第2項の例外を入れないと、買い手にとって受け入れがたい条項になり、交渉が長引く。公募応募までは禁じないという形にするのが実務的な着地点だ。
▼ さらに踏み込む場合(取引先への接触も制限する)
乙は、本目的の遂行に必要な場合を除き、甲の事前の書面による承諾なく、甲の取引先、仕入先、金融機関その他の関係者に対し、本件取引に関して直接接触してはならない。
売り手側は、この「直接接触の禁止」も強く求めておきたい。取引先に「あの会社は身売りするらしい」と伝わることのダメージは、金額に換算しにくいだけに軽視されがちだ。
その他、確認しておきたい条項
損害賠償の範囲
甲または乙が本契約に違反した場合、相手方に生じた損害を賠償する責任を負う。
「通常生じる損害に限る」「賠償額は〇〇円を上限とする」といった限定が入っていないか確認する。上限が設定されていると、情報漏えい時の抑止力が弱くなる。
差止請求
本契約に違反し、または違反するおそれがある場合、相手方は当該行為の差止めを請求することができる。
損害賠償だけでは、漏えいが進行中の状況を止められない。差止めを明記しておくと、緊急時に動きやすい。
準拠法・管轄
本契約は日本法に準拠し、本契約に関する紛争については〇〇地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
相手方の本社所在地の裁判所が指定されていると、争いになったときの負担が大きくなる。自社の所在地、または中立的な地を提案する余地がある。
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NDA締結から情報開示(IM・ロングリスト)までの安全な実務フロー
NDAを締結しても、直後にすべての情報を渡すわけではない。情報は段階的に開示するのが原則である。実務の流れを追う。
ステップ1:ノンネームシート(匿名概要書)の段階
会社が特定できない範囲の概要のみを提示する。業種、所在地(都道府県レベル)、おおまかな売上規模、譲渡理由、従業員数の目安など。この段階ではNDAを締結していないことが多いため、記載内容の絞り込みが特に重要になる。
「〇〇県で唯一の〇〇製造業」のような書き方をすると、業界内では即座に特定される。ノンネームシートの内容は、売り手自身が必ず目を通して確認したい。
ステップ2:NDA締結
買い手候補が関心を示した段階で締結する。前述のチェックポイントを確認し、必要なら修正を求める。「雛形だから直せない」ということはない。修正提案は通常の交渉行為である。
ステップ3:企業概要書(IM)の開示
IM(Information Memorandum)は、実名を含む詳細な会社案内である。事業内容、沿革、組織図、財務3期分、主要取引先の構成、設備、強みと課題などを記載する。このとき、開示する情報にも段階を設けるのが安全だ。
- 初回:事業概要、財務サマリー、組織の概要
- 関心が具体化した後:詳細な財務データ、主要取引先の内訳
- 基本合意後(DD段階):顧客名簿、従業員の個人別処遇、重要契約書の原本
顧客の実名リストや従業員の個人情報は、基本合意に至るまで開示しないという線引きを、あらかじめアドバイザーと共有しておきたい。M&A全体の流れについてはジョブカンM&Aのサービス詳細も参考にされたい。
ステップ4:トップ面談・現地視察
視察の際は、従業員への説明方法を事前に決めておく。「取引先の見学」「金融機関の視察」といった説明で通すケースが一般的だが、不自然な人数や役職者の同行は疑念を生む。訪問人数を絞り、平日の業務時間外や休業日に設定する配慮も有効だ。
ステップ5:基本合意書(LOI/MOU)の締結
ここで独占交渉権、スケジュール、想定価格レンジなどを確認する。基本合意の段階で、NDAとは別に秘密保持条項を再度盛り込むのが通例である。
ステップ6:デューデリジェンス(DD)
買い手による調査が始まる。膨大な資料を提出することになるが、データルームへのアクセス権限を人単位で管理し、ダウンロードの可否を制御することで、情報の拡散をある程度コントロールできる。
実務上の注意点
- NDAを締結した相手ごとに、開示した資料の記録を残す:誰にいつ何を渡したかが分からないと、漏えい時に追跡できない。
- 社内で情報を知る人を限定する:経営陣と一部の管理部門のみとし、知る人が増えるほど漏えい確率は上がる。
- 仲介会社・アドバイザーとの契約も確認する:仲介会社が負う守秘義務の範囲、他の買い手候補への情報提供の可否を確認しておく。
- PCやメールの取り扱いを決める:M&A関連ファイルは共有フォルダに置かない、ファイル名に社名を入れない、といった運用ルールが実際に効く。
情報が漏れた疑いがあるときの初動
万一、開示した情報が外部に出ている疑いが生じた場合、初動の順序を決めておくと動きが速い。
- 事実関係を記録する:いつ、どこで、どの情報が確認されたか。スクリーンショットや証言を残す。
- 開示記録と突合する:誰に渡した資料か、どの経路の情報かを特定する。
- 書面で通知する:相手方に対し、契約違反の可能性を指摘し、事実確認と是正を求める通知を出す。
- 交渉の継続可否を判断する:情報管理ができない相手との取引は、成約後のリスクも高い。
- 必要に応じて差止め・損害賠償を検討する:この段階で弁護士に相談する。
実務上、損害の立証は容易ではない。だからこそ、契約時に差止請求を明記しておくこと、そして開示記録を残しておくことが効いてくる。証拠がなければ、違反の追及そのものが成立しない。
まずは「自分の会社がいくらか」を知るところから
ジョブカンM&Aでは、専任アドバイザーが事業価値の簡易査定から成約まで一貫して伴走します。相談は無料。売却・買収のどちらでもお気軽にどうぞ。
まとめ
NDAは形式的な書類ではなく、情報開示の入り口を設計する契約である。相手から渡された雛形にそのままサインするのではなく、秘密情報の定義、目的外使用の禁止、存続期間、受領者の範囲、従業員の勧誘禁止の5点を最低限確認したい。
そのうえで、締結後の実務では「段階的に開示する」原則を守ることが、契約文言以上に効く。破談は珍しいことではなく、破談後も自社が無傷でいられるかどうかは、どこまでの情報を、どの段階で渡したかにかかっている。
条項の修正案を検討する際は、必ず弁護士など専門家の確認を受けたうえで進めてほしい。本稿の文例は交渉のたたき台であり、個別の事情によって適切な文言は変わる。
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部
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