WACC(Weighted Average Cost of Capital/加重平均資本コスト)は、企業が資金を調達するのにかかっているコストを、負債と株主資本の比率で加重平均したものです。
M&Aの企業価値評価(DCF法)で割引率として使われるほか、投資判断のハードルレートとしても使われます。ここでは計算式と数値を入れた計算例、非上場の中小企業で使うときの論点、実務での注意点を整理します。
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WACCの計算式
WACC = 株主資本比率 × 株主資本コスト + 負債比率 × 負債コスト ×(1 − 実効税率)
記号で書くと次のようになります。
WACC = E ÷(D+E)× r_E + D ÷(D+E)× r_D ×(1 − t)
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| E | 株主資本(時価) |
| D | 有利子負債 |
| r_E | 株主資本コスト(株主が期待する収益率) |
| r_D | 負債コスト(借入金利) |
| t | 実効税率 |
「加重平均」の計算方法は、それぞれのコストに資金全体に占める割合を掛けて足すだけです。資金の6割を株主資本、4割を借入で賄っているなら、株主資本コストに0.6、税引後の負債コストに0.4を掛けて合計します。
負債コストに (1 − t) を掛けるのは、支払利息が損金になるためです。税金が減る分だけ、負債の実質的な負担は金利より軽くなります。これを節税効果(タックスシールド)と呼びます。
株主資本コストはCAPMで求めるのが一般的
株主資本コスト(r_E)は、借入金利のように契約で決まっている数字ではありません。株主が「このリスクならこのくらいのリターンが欲しい」と期待する水準です。
実務ではCAPM(資本資産価格モデル)で推計します。
株主資本コスト(r_E)= リスクフリーレート(r_f)+ β ×(マーケットリターン − リスクフリーレート)
- r_f(リスクフリーレート)——長期国債の利回りを使うことが多い。財務省「国債金利情報」で日次の値を確認できる
- β(ベータ)——市場全体に対する、その株式の値動きの感応度
- (r_m − r_f)(マーケットリスクプレミアム)——株式市場全体が国債より上乗せで期待される収益率
非上場企業にはβが存在しません。そのため、類似する上場企業のβを使い、財務レバレッジの違いを調整して当てはめます(アンレバード化・リレバード化)。ここに評価者の判断が入るため、同じ会社でも評価する人によってWACCが変わります。
WACCの計算例
数値を入れて、手順どおりに計算します。β・マーケットリスクプレミアム・借入金利は説明のための仮定です。
| 手順 | 置いた値 | 計算 |
|---|---|---|
| 1. リスクフリーレート | 3.0% | 10年国債利回り2.988%(財務省、2026年9月14日)を丸めた値 |
| 2. 株主資本コスト | β1.2、マーケットリスクプレミアム6.0%(仮定) | 3.0% + 1.2 × 6.0% = 10.2% |
| 3. 税引後負債コスト | 借入金利2.5%(仮定)、実効税率30% | 2.5% ×(1 − 0.30)= 1.75% |
| 4. 資本構成 | 株主資本60%、有利子負債40% | — |
| 5. WACC | — | 0.6 × 10.2% + 0.4 × 1.75% = 6.12% + 0.70% = 6.82% |
βを1.0にすると株主資本コストは9.0%、WACCは6.1%に下がります。1.4にすると株主資本コストは11.4%、WACCは約7.5%です。βを0.2動かすだけでWACCが0.7ポイント前後動くことが分かります。
実効税率は、会社の規模と所得で変わります。法人税率は23.2%ですが、資本金1億円以下の法人などは年800万円以下の所得に15%の軽減税率があります(国税庁)。財務省が示す国・地方の法人実効税率は29.74%です。計算例では30%と置きましたが、自社で使うときは実際の税負担に近い率を置きます。
非上場の中小企業でWACCを置くときの論点
βは類似上場企業から逆算する
類似上場企業のβ(βL)から、借入の影響を除いたβ(βU)を出し、自社の資本構成で掛け戻します。
βU = βL ÷ {1 +(1 − t)× D/E} → 自社のβ = βU ×{1 +(1 − t)× 自社のD/E}
類似企業のβLが1.0、D/Eが0.3なら、βUは1.0 ÷(1 + 0.7 × 0.3)≒ 0.83です。自社のD/Eを0.67(株主資本60%・負債40%)とすると、0.83 ×(1 + 0.7 × 0.67)≒ 1.2になり、上の計算例のβと一致します。借入が多い会社ほど、同じ事業でもβは高くなります。
負債比率は「目標とする資本構成」で置く
加重に使う負債比率は、今期の決算の数字をそのまま使うより、中長期で維持する資本構成で置くのが基本です。参考として、中小企業庁「中小企業実態基本調査」(令和6年度決算実績)の業種別合計値から、有利子負債(金融機関以外からの借入と社債を含む)の比率を計算すると次のとおりです。いずれも簿価ベースで、時価の株主資本とは一致しません。
| 業種 | D/E(有利子負債÷純資産) | D÷(D+E) |
|---|---|---|
| 中小企業(法人)全体 | 0.72倍 | 41.7% |
| 情報通信業 | 0.38倍 | 27.6% |
| 製造業 | 0.58倍 | 36.8% |
| 小売業 | 0.94倍 | 48.5% |
| 宿泊業、飲食サービス業 | 1.77倍 | 63.9% |
リスクプレミアムと規模の差は「二重に」反映しない
マーケットリスクプレミアムには公的に定められた値がなく、測る期間や方法で数値に幅があります。中小企業は上場企業より株式の流動性が低いため、割引率に上乗せする考え方もあります。一方、中小企業庁のガイドライン参考資料は、マルチプル法で30%程度の非流動性ディスカウントをするケースを紹介しています。割引率への上乗せと評価額からの減額を両方行うと、同じリスクを二重に数えることになるため、どちらで反映したかを明示します。
WACCは何に使うか
① DCF法の割引率
将来のフリーキャッシュフローを現在価値に割り引くときの率です。事業価値 = 各年のフリーキャッシュフロー ÷(1 + WACC)^年数 の合計 + 継続価値の現在価値、という形で使います。
DCF法そのものの計算手順はIRR・NPV・DCF法とは?で解説しています。
WACCが1%変わるだけで、企業価値は大きく動きます。とくに継続価値(ターミナルバリュー)の比重が大きい評価では、割引率のわずかな差が結論を左右します。
② 投資判断のハードルレート
新規事業や設備投資の期待収益率がWACCを上回るかどうかが、投資すべきかの目安になります。
WACCを下回るリターンしか生まない投資は、資本コストを回収できていません。利益が出ていても、資本コストに届いていなければ価値を毀損している——これがROIC経営やEVAの考え方の出発点です。
③ 資本構成の検討
負債は株主資本より一般にコストが低く、節税効果もあります。理屈のうえでは、負債比率を上げるとWACCは下がります。
ただし、負債が増えれば財務リスクが上がり、株主資本コストも借入金利も上昇します。下がり続けるわけではなく、どこかで反転する——ここが資本構成を考えるうえでの要点です。
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実務で間違えやすい3点
① 簿価ではなく時価で加重する
E(株主資本)は時価総額を使うのが原則です。簿価の純資産で計算すると、比率がずれます。非上場企業では、評価額を用いるか、類似企業の資本構成を参照します。
② 会社全体のWACCを、性質の違う事業にそのまま当てない
複数の事業を持つ会社で、全社のWACCをすべての投資判断に使うのは危険です。リスクの低い既存事業と、リスクの高い新規事業では、本来求められるリターンが違います。事業ごとに調整したWACCを使うのが筋です。
③ 前提を動かして、結論が変わる幅を見る
WACCは推計値の積み上げです。βをどの企業から取るか、マーケットリスクプレミアムを何%とするか——どれも幅があります。
単一の数字で結論を出さず、レンジで見る。M&Aの評価では、WACCと成長率を振ったマトリクス(感応度分析)で企業価値の幅を示すのが一般的です。
WACCで判断するときの判定表
| 状況 | 読み方 | 次にやること |
|---|---|---|
| 投資の期待収益率がWACCを明確に上回る | 資本コストを回収できる見込み | 前提(売上・利益率)が崩れた場合でも上回るか確認する |
| 期待収益率とWACCの差が1〜2ポイント程度 | βやプレミアムの置き方で結論が逆転しうる | WACCをレンジで計算し、下限でも成り立つかを見る |
| 期待収益率がWACCを下回る | 利益が出ても価値を減らす | 見送るか、投資額・リスクを下げる案に組み替える |
| DCFの評価額が純資産ベースの評価額より大幅に高い | 事業計画か割引率が楽観的な可能性 | 計画の根拠と、WACCを上げた場合の評価額を確認する |
中小企業のM&Aでの位置づけ
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」は、中小M&Aでは簿価純資産法、時価純資産法、類似会社比較法(マルチプル法)で算定した価値を基に譲渡額を交渉するケースが多いとしています。純資産に数年分(通常1〜3年)の税引後利益や経常利益を加算して譲渡額とする場合もあります。
DCF法が主役になりにくい理由は3つあります。
- 事業計画の精度——数年先のキャッシュフローを合理的に見積もれる企業ばかりではない
- βが取れない——類似上場企業がない業種がある
- 当事者間の納得感——計算の前提が多いほど、売り手・買い手の合意が取りにくい
ただしWACCの考え方そのものは、規模を問わず有効です。「この事業に投じた資本は、いくらのリターンを求められているのか」という問いは、譲渡の場面でも、日々の投資判断でも同じだからです。
よくある質問
WACCは何%くらいが目安ですか。
公的に決まった目安はありません。金利水準、業種のβ、資本構成で変わります。数字の高低より、どの前提で計算したかを示せるかが重要です。計算例のとおり、βを0.2変えるだけで0.7ポイント前後動きます。
借入のない会社のWACCはどうなりますか。
有利子負債がゼロなら、WACCは株主資本コストと同じになります。節税効果が働かないため、同じ事業リスクなら借入のある会社より高めに出るのが通常です。
赤字の会社でも節税効果を入れますか。
課税所得が出ていない期間は、支払利息による税の減少が実際には生じません。当面は税率をゼロに近く置く、黒字化の時期から反映するなど、実態に合わせて調整します。
まとめ
- WACCは負債コストと株主資本コストを、資本構成で加重平均した資本コスト
- 負債コストには節税効果 (1 − t) を反映する
- 株主資本コストはCAPMで推計。非上場は類似企業のβを調整して使う
- 用途はDCFの割引率/投資のハードルレート/資本構成の検討
- 注意点は時価で加重する/事業ごとに使い分ける/レンジで見る/リスクを二重に数えない
- 中小M&Aでは純資産法やマルチプル法が多いが、考え方は共通
WACCは「正解が1つ出る計算」ではなく、前提を明示して幅で議論するための道具です。
参考
- 国債金利情報|財務省
- 法人課税に関する基本的な資料|財務省
- No.5759 法人税の税率|国税庁
- 中小M&Aガイドライン(第3版)|中小企業庁(参考資料2「中小M&Aの譲渡額の算定方法」)
- 中小企業実態基本調査|中小企業庁(令和7年確報・令和6年度決算実績)
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部
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