事業承継で売り手・買い手に必要な視点 “買う/買わない”の判断軸を押さえて決断をスムーズに

クリニックの第三者承継では、譲渡価格以外にもさまざまな要素を確認する必要があります。医療機関・ヘルスケア企業の第三者承継支援サービスを提供している『エムステージマネージメントソリューションズ』代表取締役・田中宏典さんによると、「医師数が多い内科や小児科は承継先が比較的見つかりやすく、医師の経験やスキルに依存しやすい精神科などは承継を希望する人も少ない傾向にある」とのことですが、そうした情報もおさえておくと、自分が開業する場合をイメージしやすくなります。そのほかどんな判断軸があるのかを詳しく伺っていきます。

目次
  1. Q. 昨今は昔と比べて承継開業が増えていると聞きますが、どのくらい増加しているのでしょうか?
  2. Q. 売り手がクリニックの承継を考える主なきっかけを教えてください。
  3. Q. 一般的なM&Aとは異なる、クリニック承継ならではの難しさは?
  4. Q. 売り手側が事前に準備しておくといい資料はありますか?
  5. Q. 買い手側が検討時に確認すべきことは?
  6. Q. クリニックの承継価格はどう決まる?
  7. Q. 承継価格をできるだけ高めたい場合、どうすればいいですか?
  8. Q. 価格が下がりやすいのはどんなケース?
  9. Q. 売り手側が価格以外に重視することは?
  10. Q. 患者・スタッフへの承継の伝え方は?
  11. Q. 仲介会社を利用するメリットは?
  12. Q. 良い承継案件を見つけるには?
  13. Q. 良い案件を勝ち取るにはスピードも重要?
  14. Q. 買い手として挙手するかどうかの判断軸は?
  15. Q. クリニック承継のメリットは?

Q. 昨今は昔と比べて承継開業が増えていると聞きますが、どのくらい増加しているのでしょうか?

田中様「私たちは承継開業を専門に扱っているため、新規開業との厳密な比較データはありませんが、関東エリアの地方銀行様によると、ここ1~2年の開業融資の相談全体のうち3〜4割を承継案件が占めているとのことです。かつては、承継開業の割合は1割程度だったので確実に需要は高まっていますが、依然として新規開業のほうが多い状況にあります」

Q. 売り手がクリニックの承継を考える主なきっかけを教えてください。

田中様「従来、院長が引退するにあたっては、お子さんが継がれるケースが主流でした。しかし昨今は、お子さんがいても医療の道に進んでいなかったり、進んでいても親御さんとは違う診療科を選んでいたりすることで、身内に引き継がないケースが増えています。

つまり、第三者に承継しなければ医療機関そのものがなくなってしまうので、“いずれは承継しよう”と考えている方は多いです。しかし、70歳を過ぎても現役で熱心に診療に当たられている先生ほど、日々の地域医療への貢献に全力を注がれており、第三者承継に向けた具体化や相談が遅れてしまうケースは少なくありません。体調不良や体力低下が重なり、いよいよ無理が効かなくなることもあれば、ある日突然、病気が見つかることもあるので、将来的な承継を少しでも視野に入れている場合は、早めに準備を進めていたほうがいいでしょう」

Q. 一般的なM&Aとは異なる、クリニック承継ならではの難しさは?

田中様「まず大前提として、引き継ぐ側が医師でなければならないため、候補者が少ないことが挙げられます。さらに、前院長の診療を引き継げる経験も必要なので、一般企業のM&Aのように誰でも候補になり得るというわけではありません。また、既存の患者さんやスタッフは院長先生の診療スタイルや人柄についてきている部分があるので、その点も一般企業のM&Aとの大きな違いだといえます。

つまり、院長先生自身が“商品”のような側面があるということを理解したうえで、患者さんに残ってもらうための工夫をすることが大切だということです。加えて、保健所や都道府県などへの行政手続きが必要なことも、一般企業のM&Aとは異なる点として挙げられます」

Q. 売り手側が事前に準備しておくといい資料はありますか?

田中様「決算書を3期分から5期分程度準備しておくことが基本になります。また、買い手側は、どんな疾患の患者さんがどの程度いるのか、月によって患者数がどのように変遷するのかを知りたいと考えているため、2~3年分の診療データも用意しておきたいところです。

そのほか、不動産の権利関係や賃貸借契約の詳細やスタッフの勤続年数、一人ひとりの具体的な仕事内容、報酬、就業規則なども確認できる状態にしておくといいでしょう。さらに、医療機関としての各種届出なども事前に整理しておくと、必要な手続きをスムーズに進められます」

Q. 買い手側が検討時に確認すべきことは?

田中様「一番重要なのは、承継後に事業を“再現”できるかどうかです。つまり、既存の患者さんに納得していただく形で診療を続けることができるかということです。もちろん、後々、患者層が変わっていくということはあり得ますし、結果的に患者層が変わること自体は全く問題ありません。しかし、最初から変わっても良いという前提で経営してしまうと、“前の先生はこういうときこういう薬を出してくれたのに”などの不満が積み重なり、みるみる患者さんが離れてしまいます。そうした事態を防ぐために、最初のうちはできる限り前院長先生の診療スタイルを尊重し、患者さんにとって違和感のない形で引き継ぐことが大切です。

そのため、承継前時点での患者さんの年齢層や疾患、患者数に加えて、前院長先生の診療スタイルなどを確認して、自分が院長になった場合に、その患者基盤を維持できるかの視点を持つことが大切ということです。確認のためにクリニックを見学する場合もありますし、ヒアリングを通して確認される方もいます。

あるいは、承継後も前院長先生に週1~2日程度診察に入ってもらうことによって、新しい院長が従来のやり方を覚えると同時に、患者さんに安心して通い続けてもらうという方法もあります。

さらに、スタッフの雇用を継続できるかどうかも重要です。スタッフの入れ替わりが発生すると、採用や教育等、オペレーション構築に膨大な労力がかかってしまいます。そのため、既存の組織体制やスタッフをそのまま引き継げるかどうかを、重視される方は非常に多いですね。

また、過去の返戻率をきちんとデューディリジェンスの段階で確認することも大切です。前院長先生は当たり前だと思っていた加算が、実はギリギリ基準を満たしていないなどのケースもあるためです。法人承継であれば、引き継ぎ後の法人税にも関わってくるため、借入金の残高も確認しておくといいでしょう」

Q. クリニックの承継価格はどう決まる?

田中様「固定資産や純資産などの資産価値と、営業権・のれん代を合わせて考えます。

ただし、法人ごと引き継ぐ場合と、個人の事業を引き継ぐ場合では資産価値の算出方法に違いがあります。なぜかというと、個人診療所は一般的に事業譲渡によって承継するため、債務・債権を引き継ぐことがないからです。

そのため、医療機器や内装にかけた金額から、減価償却が進んだ後の価値を算出することになります。

ここに営業権、いわゆるのれん代を加えたものが承継価格となります。営業権については、一般的には事業利益の1~3年分程度が目安とされています」

Q. 承継価格をできるだけ高めたい場合、どうすればいいですか?

田中様「承継が完了するまで、患者さんを減らさず、しっかり稼働して収益性を維持することです。

患者さんが減ってしまうと営業権の価値も下がってしまいます。『価格を上げる』というより、買い手が決まるまで現在の収益性を維持することが重要です」

Q. 価格が下がりやすいのはどんなケース?

田中様「診療日を減らして収益を下げてしまった場合などです。

また、特殊な診療をおこなっていて再現性が難しい場合、つまり『前院長でなければ同じ診療はできない』という場合、後継者が見つかりにくくなります。あるいは、見つかったとしても、金額を下げられてしまう可能性が高いといえます。

そのほか、賃貸借契約にリスクがある場合や、医療機器の買い替えに大きな費用が必要な場合も、価格に影響します。医療機器については、更新の見通しについて事前に伝えることも大切です。医療機器に大きな投資が必要な状況であれば、買い手は、承継時にまとめて借入するケースが多いためです。承継時の融資はかなり大きいため、後から追加で借りることはハードルが高くなります」

Q. 売り手側が価格以外に重視することは?

田中様「自分がこれまで診てきた患者さんを安心して任せられる相手かどうか。そして、契約した条件通りにきちんと診療してくれるかどうか。この2点は、非常に重要だと思います」

Q. 患者・スタッフへの承継の伝え方は?

田中様「患者さんには、院内の掲示やホームページで告知するだけでなく、個別の診察時などに口頭で伝えることも大切です。

スタッフには、全体への説明に加えて、個別の面談もおこなうことが理想です。面談の席では、新しい院長から、前院長先生のカルチャーや考えをちゃんと踏襲していく旨を、きちんと言葉を尽くして説明することが安心につながります。また、雇用条件が変わるのではと心配するスタッフもいるので、その点についても丁寧に説明することが大切です。個人開業医からの引き継ぎの場合、新規で雇用し直しということになりますが、給与などの条件に関しては、承継前と同等にしたほうがいいと、私たちのほうからもアドバイスしています」

Q. 仲介会社を利用するメリットは?

田中様「クリニックの承継では、一般企業とは違って医師免許や診療科などの条件があるため、相手を探すこと自体が難しくなります。

そのため、専門の仲介会社を利用することで、条件に合う相手を探しやすくなります。手数料は会社によって設定が異なるので、利用前に確認することをおすすめします。弊社に関しては着手金なしの成功報酬型にしています」

Q. 良い承継案件を見つけるには?

田中様「不動産を探すのと同じで、複数の案件を見ることが重要だと思います。

PLやBS、患者数、診療圏などを複数の案件で比較していると、だんだん自分のなかで相場感が掴めてくるので、意思決定しやすくなります。

ただし、当然ながら良い案件は他の先生からのニーズも高いので、早めに意思決定できるかどうかが非常に重要です。だからこそ、普段から複数の案件を見て、“自分が承継したらどうなるか”のシミュレーションを重ねて、目利きが効くようにしておくことが大切です」

Q. 良い案件を勝ち取るにはスピードも重要?

田中様「重要です。

良い案件には複数の買い手が集まり、競争になることがあります。大体全体の2~3割はコンペになります。そうすると、相性や人柄が良くても、最終的には、提示した条件が良いほうが選ばれることもあります。

だからこそ、『ここまで条件を上げても自分にとって成立する(=承継後に着実に収益を上げて回収していくことができる)』という判断軸を持っておくことが重要です。

事前に案件を見てシミュレーションしておけば、良い案件が出たときに早く意思決定できます。たとえば、“市場相場より5,000万円は割安だから、あと2,000万円上げてもまだ割安”などとスムーズに判断できます」

Q. 買い手として挙手するかどうかの判断軸は?

田中様「私たちは、定量的なところを重視しています。患者数やそのトレンド、診療内容に特殊性があるか、PL上の固定費が低いか、トップラインが高いか、そして承継後に再現性があるか、といったところです。

法人を引き継ぐ場合に関しては、BS上における現預金も確認するといいでしょう。なぜかというと、現預金が多いと、法人はそれを前院長への退職金の原資にできるため、買い手が用意する資金を抑えられる場合があるためです。

現預金から適正額の退職金を支払うと、退職金を損金算入することができるため、法人にとっては課税所得の圧縮、つまり法人税の節税につながります。その結果、買い手は税負担が軽くなった状態の法人を引き継ぐことになるため、買い手にとっても間接的にメリットとなり得るという構造です。

こうした数字の見方を事前に理解しておくと、気になる案件が出てきたときの判断が早くなります」

Q. クリニック承継のメリットは?

田中様「一番大きいメリットは、すでに患者さんがいることです。新規開業の場合、開業しても患者さんが来るかどうかわかりません。一方、承継なら既存の患者基盤があるため、初月から黒字化できる可能性があり、PLもある程度予測しやすくなります。

また、スタッフがすでにいることも大きなメリットです。採用や教育など、ゼロからオペレーションを作る必要がありません。初めての開業だと、人を雇用した経験がないため、いざ採用してもマネジメントに苦戦するケースがあります。これまで働いてきたスタッフをそのまま引き継げるというのは、安定した経営基盤をつくることにおいて重要なポイントです。

さらに、新規開業と比べるとイニシャルコストを抑えられます。患者基盤、スタッフ、初期コスト。この3つが承継の大きなメリットということになります。

あとは、法人を引き継ぐケースに関しては、先程説明した通り、内部留保が大きい場合は高い節税効果が見込めます。これら4つのメリットを鑑み、新規開業ではなく承継開業が視野に入ってくる医師も増えているのだと思います」

承継が終わった後の運営(最初の1年で変えてよいこと・変えないほうがよいこと、紙カルテから電子カルテへの移行、スタッフ・患者への向き合い方)は、田中さんにCLIUSの記事「承継開業、最初の1年で変えていいこと・いけないこと」で聞いています。

取材協力

医療機関の第三者承継支援(M&A)サービス
https://shoukei.mplat.jp/
運営:株式会社エムステージマネジメントソリューションズ(代表取締役:田中 宏典様)

医業承継の大変さや注意点、特殊な事例などを買い手目線でまとめた『“STORY”で学ぶ、M&A「医業承継」 この1冊でM&A「医業承継」の全体像がつかめる』発売中
https://www.amazon.co.jp/dp/4833452529

ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部

ジョブカンM&Aは、株式会社DONUTSが運営するM&Aアドバイザリーサービスです。主に企業の事業承継、成長戦略、出口戦略(イグジット)といった多様なニーズに応えることを目的としています。最大の特徴は、累計導入社数20万社以上を誇るバックオフィス支援クラウドERPシステム「ジョブカン」の広範なネットワークを活用している点です。この強力な顧客基盤を生かし、効率的なマッチングを実現します。


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