アパレルのM&Aには、運送業の許可や障害福祉の指定のような「許認可の承継」が原則としてありません。その代わりに、価値の中身が商標・取引先との契約・在庫・人に散らばっているのがこの業種の特徴です。
株式譲渡なら、商標も契約も会社に付いたまま残ります。ただし、商標がオーナー個人の名義で登録されていたり、ライセンス契約や出店契約に「支配権が変わったら相手の承諾が要る」という条項があったりすると、株式譲渡でもそこで止まります。事業譲渡では、商標は移転登録をしないと移らず、契約は相手ごとに同意を取り直します。
この記事では、アパレルのブランドや小売店を営む会社のオーナーと、アパレルや小売への参入を考える買い手に向けて、引き継げるものの判定表、在庫の評価、商標とライセンス、OEM・縫製工場との取引、店舗とEC、デザイナーと販売員を順に整理し、最後に売り方を決める判定表を示します。業種ごとの許可の扱いを比べたい場合は「運送会社のM&A」も参考になります。
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アパレル業界のM&Aが起きる背景:市場の縮小と国内生産の減少
経済産業省の資料によれば、織物・衣服・身の回り品小売業の販売額(商業動態統計)は、1991年の15.3兆円をピークに減り、2023年は8.5兆円でした。2020年以降はコロナ禍で落ち込み、2023年時点でもコロナ前の水準に戻っていません。
作る側の縮小はさらに大きく、繊維工業の事業所数(従業者4人以上)は2005年の23,082から2020年には9,448まで減っています。国内で売られる衣料品のうち、輸入品の割合は数量ベースで98.5%(2023年、日本繊維輸入組合調べ)です。
売上が伸びにくい市場では、自社で新しいブランドを育てるより、すでに顧客とブランド名を持っている会社を買うほうが早いと考える買い手が出てきます。一方で売り手には、後継者がいない、在庫と仕入れの資金繰りが重い、という事情が重なります。アパレルのM&Aは、この両者の間で成り立っています。
アパレルのM&Aで引き継げるもの・引き継げないもの(判定表)
○は手続きなしで続く、△は登録・同意・やり直しが要る、×は引き継げない(買い手が用意する)、という意味です。
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 会社名義で登録した商標 | ○ そのまま | △ 特許庁への移転登録をして初めて移る(商標法第35条で準用する特許法第98条第1項第1号) |
| オーナー個人名義の商標 | × 会社の株を売っても移らない。別途、個人から譲渡と移転登録が要る | △ 個人からの譲渡と移転登録が要る |
| 他社ブランドのライセンス契約(使用許諾を受けている側) | △ 支配権の変更で承諾や解除を定める条項があれば、ライセンサーの承諾が要る | △ ライセンサーの承諾が要る |
| OEM先・縫製工場・生地の仕入先との取引契約 | ○ そのまま(支配権の変更の条項に注意) | △ 相手ごとに契約上の地位の移転の承諾が要る(民法第539条の2) |
| 店舗の賃貸借・商業施設の出店契約 | ○ そのまま(支配権の変更の条項に注意) | △ 賃貸人・施設の承諾が要る(民法第612条) |
| ECモールの出店・SNSアカウント・ドメイン | ○ 名義が会社ならそのまま | △ 各サービスの規約による。名義変更ができず作り直しになることがある |
| 在庫 | ○ 会社の資産としてそのまま | △ 譲渡する在庫を特定し、価格を個別に決める |
| デザイナー・販売員などの従業員 | ○ 雇用はそのまま | △ 本人の同意で転籍(民法第625条) |
| 古物商許可(古着・リユースを扱う場合) | ○ 法人に付いたまま。役員変更などは届出 | × 買い手が新規に許可を取る。警察庁の解釈基準では、合併や新設分割でも承継できない |
| 未払残業代・返品や値引きの精算・簿外の保証債務 | ○ 会社ごと引き継ぐ | × 契約で引き受けたものだけ移る |
表の2行目は、中小のアパレル会社で最もよく問題になる点です。創業者がブランドを立ち上げたときに個人で商標を出願し、そのまま会社に使わせているケースは珍しくありません。株式譲渡で会社を買っても、ブランド名の権利は売り手のオーナーの手元に残ります。買い手は、特許庁の登録情報で権利者の名義を最初に確かめます。
在庫の評価:季節品と滞留在庫が価格を決める
アパレルの貸借対照表で最も大きく、最も中身が見えにくいのが在庫です。季節が過ぎた商品や、何シーズンも残っている商品が帳簿価額のまま載っていると、純資産が実態より大きく見えます。買い手はデュー・デリジェンスでこの差を必ず指摘し、価格から差し引きます。
税務上の評価損は「季節品の売れ残り」なら認められる
税務では、棚卸資産の評価損は原則として損金になりませんが、資産が「著しく陳腐化した」場合などは計上できます(法人税法施行令第68条第1項第1号)。法人税基本通達9-1-4は、その例として季節商品で売れ残ったもののうち、今後通常の価額では販売できないことが既往の実績などから明らかなものを挙げています。
一方で、時価が物価の変動や過剰生産、建値の変更などで下がっただけでは評価損を計上できない、とも定められています(同通達9-1-6)。売れ残りを値引きで売った実績や、アウトレットでの販売価格の記録が、評価損の根拠になります。
買い手が見るのは税務より厳しい「売れる値段」
税務上の評価損の計上と、M&Aで買い手が在庫を評価する作業は別のものです。売り手が決算で評価損を落としていなければ、買い手は自分で「いくらで売り切れるか」を見積もり、帳簿価額との差を価格から差し引きます。
たとえば、帳簿上の在庫が8,000万円で、そのうち2シーズン以上前の商品が3,000万円あったとします。買い手がこの古い在庫を原価の3割でしか売り切れないと見れば、3,000万円×7割=2,100万円が価格から差し引かれる計算になります。売り手から見れば、決算書の純資産が2,100万円目減りするのと同じです。
買い手が求めるのは、品番ごとの在庫を「入荷したシーズン」と「最終の販売日」で並べた一覧です。売り手は、売却を考え始めた時点でこの一覧を作り、売れ残りの処分か評価損の計上を済ませておくと、交渉で在庫を理由に値下げされる幅を小さくできます。
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商標とライセンス契約:ブランドの権利が誰にあるか
アパレルのM&Aで買い手が払う対価の多くは、ブランドに対するものです。そのブランドを法的に支えているのが商標権です。
自社ブランドの商標は名義と区分を確かめる
商標権を事業譲渡で移すときは、特許庁の商標原簿に移転登録をしないと効力が生じません(商標法第35条で準用する特許法第98条第1項第1号)。合併などの一般承継では登録なしに移りますが、遅滞なく届け出ることが求められます。
確かめるのは名義だけではありません。商標は商品・役務の区分ごとに登録されます。衣服の区分(第25類)だけを押さえていて、バッグ(第18類)やECでの小売(第35類)が抜けている、といった区分の不足は、買った後にブランドを広げる計画に直接響きます。
他社にライセンスしている・他社からライセンスを受けている
自社のブランドを他社にライセンスしている場合、相手の使用権の形で扱いが変わります。
- 専用使用権は、設定の登録をしないと効力が生じません(商標法第30条第4項で準用する特許法第98条第1項第2号)
- 通常使用権は、登録しておけば、後から商標権を取得した者にも効力が及びます(商標法第31条第4項)。特許と違い、商標では登録しないと新しい権利者に対抗できません
反対に、海外ブランドなどの国内販売のライセンスを受けて事業をしている会社では、ライセンス契約そのものが会社の価値の中心です。ライセンス契約には一般に、ライセンシーの株主や経営陣が変わったら、ライセンサーの承諾を要する、または契約を解除できるという条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)が入っています。株式譲渡でもこの条項に当たるので、契約の残り期間と更新の条件を含めて、買い手は最初に契約書を読みます。
OEM・縫製工場との取引契約と取適法
自社で工場を持たず、企画をして生産をOEM先や縫製工場に委託するアパレル会社は多くあります。この場合、どの工場に、どの条件で、どれだけの量を発注しているかが事業の中身そのものです。
株式譲渡なら取引契約はそのまま続きます。事業譲渡では、取引先ごとに契約上の地位の移転について承諾を得ます(民法第539条の2)。主要な工場が新しい発注元との取引を断ると、次のシーズンの生産が回らなくなります。
買い手が取引条件で確かめるのは、2026年1月1日に施行された中小受託取引適正化法(取適法。旧下請法)に合った取引をしているかです。対象となる製造委託では、発注元に発注内容の書面の交付や、受領から60日以内の支払期日を定めることなどが義務づけられ、手形による支払いは禁止されました。
アパレルの取引で一般に問題になりやすいのは、発注後の一方的な値引き(歩引き)や、売れ残りを理由にした返品です。株式譲渡では、過去の取引慣行に対する是正の責任も会社ごと買い手に移ります。買い手は、発注書・支払条件・返品の記録を主要な取引先ごとに確かめます。
店舗の賃貸借とEC・SNSアカウントの引継ぎ
店舗と商業施設の出店契約
路面店の賃貸借は、事業譲渡では賃借権の譲渡になり、賃貸人の承諾が要ります(民法第612条)。株式譲渡なら借主は変わりませんが、賃貸借契約に「借主の株主の変更は事前に通知・承諾」と書かれていることがあります。
百貨店やショッピングセンターに出店している場合は、賃貸借ではなく出店契約の形を取ることが多く、一般に施設側が出店者の変更を厳しく審査します。契約の更新時期が近い店舗は、更新されない前提で価値を見積もる買い手もいます。
ECモール・自社EC・SNSアカウント
売上の多くをECで上げている会社では、モールの店舗アカウント、自社ECのドメイン、InstagramなどのSNSアカウントが顧客との接点そのものです。
| 対象 | 確かめること |
|---|---|
| ECモールの店舗 | 出店の名義が会社か。規約上、事業譲渡で店舗を移せるか、新規出店の審査になるか |
| 自社ECのドメイン・決済代行 | ドメインの登録者が会社か個人か。決済代行は契約し直しになることが多い |
| SNSアカウント | 誰の個人アカウントにひもづいているか。ログイン情報と二段階認証の端末を誰が持っているか |
| 顧客データ・会員情報 | 個人情報保護方針で、事業の承継に伴う提供をどう定めているか |
| 特定商取引法の表示 | 事業譲渡で販売者が変わったら、通信販売の表示(第11条)を書き換える |
SNSアカウントは、各サービスの規約で譲渡や名義の変更が一般に制限されています。フォロワーの多いアカウントがデザイナーやオーナーの個人アカウントになっている場合、その人が辞めれば顧客との接点ごと失われます。株式譲渡でも事業譲渡でも、引き継げる形かどうかを先に確かめます。
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デザイナー・販売員などキーパーソンの引き留め
ブランドの世界観をつくるデザイナーと、顧客を名前で覚えている店長や販売員は、帳簿には載らない資産です。オーナー自身がデザイナーを兼ねている会社では、オーナーが抜けた後もブランドが続くかどうかが買い手の最大の関心事になります。
- デザイナーが外部の契約者なら、デザイン画・柄・ロゴの著作権が会社に譲渡されているかを契約書で確かめる
- オーナーがデザイナーを兼ねている場合は、売却後も一定期間関わる条件(顧問契約や業務委託)を譲渡契約に入れることが多い
- 顧客を抱えた店長が辞めると、その店の売上が落ちる。株式譲渡でも、発表の前後で引き留めの条件を示す
- 事業譲渡では転籍に本人の同意が要る(民法第625条)。転籍しない人が出る前提で人員計画を立てる
アパレルの売り方を決める判定表
自分の会社の状態に当てはまる行を探してください。
| 会社の状態 | 向く進め方 | 先にやること |
|---|---|---|
| 自社ブランドが1つで、会社がそのブランドだけを営む | 株式譲渡 | 商標の名義と区分の確認。個人名義なら会社へ移しておく |
| 複数ブランドのうち、一部だけを売りたい | 事業譲渡または会社分割 | 売るブランドの商標・在庫・取引先・人員の切り分け |
| 海外ブランドなどのライセンス事業が中心 | 株式譲渡でも、ライセンサーの承諾を前提に組む | チェンジ・オブ・コントロール条項と契約の残り期間の確認 |
| 主要な工場や百貨店との契約に支配権変更の条項がある | 株式譲渡で、契約前に相手の承諾を取る段取りを組む | 条項のある契約の洗い出し |
| 古着・リユースが売上の中心 | 株式譲渡で古物商許可を残す | 役員変更の届出の準備 |
| 簿外債務の心配があり、店舗とECだけを買いたい買い手がいる | 事業譲渡 | 賃貸人・モール・取引先の承諾の見込みを確かめる |
| 商標が個人名義のまま、ライセンス契約の条項も未確認、評価損を落としていない古い在庫が多い | まだ売りに出さない | 商標の移転、契約の確認、在庫の処分か評価損の計上を済ませてから |
買い手の側から見るなら、同じ表で「ブランドの権利が自分の手元に来るか」「次のシーズンの生産と販売の場所が確保できるか」「在庫と過去の取引の責任をどこまで引き受けるか」を確かめる、という読み方になります。
よくある質問
Q. 株式譲渡なら商標の手続きは何も要りませんか。
会社名義の商標なら、権利者は会社のままなので移転の登録は要りません。ただし、商標がオーナー個人の名義で登録されている場合は、株式を売っても商標は移りません。個人から会社へ譲渡し、特許庁で移転登録をする手続きが別に要ります。
Q. 売れ残った在庫は、売る前に処分しておくべきですか。
処分するか、評価損を計上するか、少なくとも品番ごとのシーズン別一覧を作っておくべきです。買い手は古い在庫を厳しく見積もり、帳簿価額との差を価格から差し引きます。売り手が先に実態に合わせておけば、交渉で在庫を理由に大きく値引きされることを避けやすくなります。
Q. OEMで生産している会社でも買い手はつきますか。
工場を持たないこと自体は不利になりません。買い手が見るのは、主要な工場との取引が続くか、発注の条件が取適法に合っているか、特定の1社に生産が偏っていないかです。工場との関係が長く、条件が書面で整っている会社は評価されやすくなります。
Q. SNSのフォロワーは価格に反映されますか。
フォロワー数そのものより、そこから売上がどれだけ生まれているかが見られます。また、アカウントが会社のものとして引き継げることが前提です。個人アカウントで運用しているなら、売却の前に会社のアカウントへ移す、または運用者が残る条件をつけることを考えます。
まずは「自分の会社がいくらか」を知るところから
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まとめ
アパレルのM&Aは、許可ではなく、ブランドの権利と取引先との契約が引き継げるかで手法が決まり、在庫と人の実態で価格が決まる取引です。
株式譲渡なら商標も契約も会社に残るが、個人名義の商標と支配権変更の条項は別に手当てが要る。事業譲渡は商標の移転登録と、取引先・賃貸人・モールごとの承諾を積み上げる作業になる。
商標の名義、ライセンスと出店の契約の条項、古い在庫の評価を、価格の交渉より先に固めてください。
参考
- 経済産業省 製造産業局生活製品課「繊維産地におけるサプライチェーン強靱化に向けた対応について」(2024年10月)https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/textile_production_area/pdf/001_04_00.pdf
- 商標法(第30条・第31条・第35条)https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000127
- 特許法(第98条)https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000121
- 民法(第539条の2・第612条・第625条)https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 法人税法施行令(第68条)https://laws.e-gov.go.jp/law/340CO0000000097
- 国税庁「法人税基本通達 第9章第1節第2款 棚卸資産の評価損」https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/hojin/09/09_01_02.htm
- 中小企業庁「2026年1月施行!下請法は取適法へ 改正ポイント説明会」https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/2025/251014_01.pdf
- 警察庁「古物営業関係法令の解釈基準等について」https://www.npa.go.jp/laws/notification/seian/seiki/2024kobutsukaisyaku.pdf
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
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