事業譲渡契約書のひな形|条項ごとの記載例と、買い手が必ず確認する5か所

事業譲渡契約書のひな形は探せばいくらでも出てくる。だが、ひな形をそのまま埋めて詰まるのは「契約書の外側」である。株主総会の特別決議を通していない、反対株主への通知を効力発生日の20日前までに出していない、譲渡対象資産の目録が空欄のまま締結している——これらは契約書の条項をいくら丁寧に書いても救えない。

ここでは事業譲渡契約書のひな形を条項単位で示したうえで、それぞれの条項が何を担保しているのか、買い手はどこを見るのかを整理する。

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目次
  1. 事業譲渡契約書は何を決める書面か
  2. 契約書を作る前に決めておく会社法上の手続
    1. 反対株主への通知を忘れない
  3. 事業譲渡契約書のひな形
  4. 条項ごとの記載例とつまずく箇所
  5. 収入印紙はいくら貼るか
  6. 競業避止義務は書かなくても生じる
    1. 商号を続けて使うなら22条を確認する
  7. 買い手が必ず確認する5か所
  8. 締結までのチェックリスト
  9. よくある質問
  10. まとめ
  11. 参考・一次情報

事業譲渡契約書は何を決める書面か

事業譲渡は、会社そのものではなく事業を構成する資産・負債・契約・従業員を個別に移す取引である。株式譲渡と違い、権利義務は自動では移らない。「何が移って何が残るか」を契約書で一つずつ特定しなければ、移らない。

事業譲渡 株式譲渡
移転の対象 資産・負債・契約を個別に特定して移す 株式のみ。会社の中身は動かない
簿外債務の承継 特定したものしか承継しない(切り離せる) 原則すべて承継する
契約の移転 取引先ごとに同意が要る 不要(会社が当事者のまま)
従業員 本人の同意を得て個別に再雇用または転籍 不要(雇用関係は継続)
許認可 原則として引き継げない。取り直し 原則そのまま
主たる書面 事業譲渡契約書+譲渡対象目録 株式譲渡契約書

事業譲渡契約書の本体より、添付する目録のほうが分量も重要度も大きい。買い手が簿外債務を避けるために事業譲渡を選んでいる以上、目録に書かれていないものは承継されないという前提で全体が組まれている。

契約書を作る前に決めておく会社法上の手続

契約書の第1条を書き始める前に、どの決議が必要かを確定させる。ここを間違えると契約自体が無効になりうる。

場面 根拠 必要な手続
事業の全部の譲渡 会社法467条1項1号 譲渡会社で株主総会の特別決議
事業の重要な一部の譲渡 会社法467条1項2号 譲渡会社で株主総会の特別決議
譲渡資産の帳簿価額が総資産の5分の1以下 会社法467条1項2号かっこ書 特別決議は不要(定款で加重可)
事業の全部の譲受け 会社法467条1項3号 譲受会社で株主総会の特別決議
対価が譲受会社の純資産額の5分の1以下 会社法468条2項 譲受会社の決議は不要(簡易事業譲渡)
相手方が特別支配会社(議決権90%以上) 会社法468条1項 決議は不要(略式事業譲渡)

特別決議は、議決権の過半数を持つ株主が出席し、出席株主の議決権の3分の2以上の賛成で成立する(会社法309条2項11号)。

反対株主への通知を忘れない

事業譲渡等をする会社は、効力発生日の20日前までに株主へ事業譲渡をする旨を通知しなければならない(会社法469条3項)。反対株主は効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日までの間に株式買取請求ができる(同条5項)。

この20日を逆算していない契約書は、効力発生日を後ろにずらすしかなくなる。契約書のドラフトと同時に、総会の招集日と通知日をカレンダーに置く。

事業譲渡契約書のひな形

以下は中小企業のM&Aで使われる標準的な構成である。条項の並びは実務上ほぼ共通している。

事業譲渡契約書

譲渡人 ○○株式会社(以下「甲」という)と譲受人 △△株式会社(以下「乙」という)は、
甲の営む□□事業の譲渡に関し、次のとおり契約を締結する。

第1条(事業の譲渡)
 甲は乙に対し、本契約に定める条件に従い、甲の営む□□事業(以下「本事業」という)
 を譲渡し、乙はこれを譲り受ける。

第2条(譲渡対象)
 本事業の譲渡対象は、別紙目録記載の資産、負債、契約上の地位その他の権利義務とする。
 別紙目録に記載のない権利義務は、本事業に関するものであっても移転しない。

第3条(譲渡価額および支払方法)
 本事業の譲渡価額は金○○円(消費税別)とし、乙は甲に対し、譲渡日に甲の指定する
 銀行口座へ振込送金の方法により支払う。

第4条(譲渡日)
 本事業の譲渡日は令和○年○月○日とする。ただし、第8条の前提条件が充足されない
 場合は、甲乙協議のうえこれを変更することができる。

第5条(従業員の取扱い)
 甲は、別紙従業員名簿記載の従業員に対し、乙への転籍について同意を得るよう努める。
 乙は、転籍に同意した従業員を、譲渡日付で乙の従業員として雇用する。

第6条(取引先との契約の承継)
 甲は、別紙契約目録記載の契約について、譲渡日までに各契約の相手方から
 契約上の地位の移転に関する承諾を取得する。

第7条(善管注意義務)
 甲は、本契約締結日から譲渡日までの間、善良な管理者の注意をもって本事業を運営し、
 乙の事前の書面による承諾なく、本事業に関する重要な財産の処分その他
 本事業の内容に重大な影響を及ぼす行為を行わない。

第8条(前提条件)
 乙の第3条に基づく支払義務は、次の各号のすべてが充足されることを条件とする。
 (1) 甲において本契約につき会社法所定の承認手続が完了していること
 (2) 第9条の表明および保証が譲渡日において真実かつ正確であること
 (3) 第6条の承諾が取得されていること

第9条(表明および保証)
 甲は乙に対し、本契約締結日および譲渡日において、別紙表明保証事項記載の各事項が
 真実かつ正確であることを表明し、保証する。

第10条(競業避止義務)
 甲は、譲渡日から○年間、○○県○○市およびこれに隣接する市町村の区域内において、
 本事業と同一の事業を行わない。

第11条(租税公課等の精算)
 本事業に関する公租公課、賃料その他の費用および収益は、譲渡日を基準として
 日割りにより甲乙間で精算する。

第12条(補償)
 甲は、第9条の表明保証に違反したことにより乙が損害を被った場合、
 当該損害を賠償する。ただし、賠償額の上限は譲渡価額の○%とし、
 請求期間は譲渡日から○年間とする。

第13条(秘密保持)
第14条(契約の解除)
第15条(協議事項)
第16条(合意管轄)

本契約締結の証として本書2通を作成し、甲乙記名押印のうえ各1通を保有する。

令和○年○月○日
  甲 住所・商号・代表者名  印
  乙 住所・商号・代表者名  印

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条項ごとの記載例とつまずく箇所

条項 何を書くか つまずく箇所
第2条 譲渡対象 別紙目録に個別特定して列挙 「本事業に関する一切の資産」とだけ書くと特定が不十分。リース物件・保証金・前払費用が抜けやすい
第3条 譲渡価額 総額と消費税の扱い 事業譲渡は消費税の課税対象。棚卸資産・固定資産・のれんは課税、土地・売掛金は非課税。内訳を示さないと税額が確定しない
第5条 従業員 転籍か再雇用かを明記 事業譲渡では雇用関係は自動で移らない。本人の同意が要る。同意しない従業員の処遇を決めていないと譲渡日に止まる
第6条 契約の承継 承諾取得の義務者と期限 チェンジオブコントロール条項のある契約を洗い出していない。主要取引先が承諾しなければ事業が成立しない
第8条 前提条件 決議完了・承諾取得・表明保証の正確性 前提条件が未充足のまま支払うと、あとから契約を解除しても金は戻りにくい
第10条 競業避止 期間・地域を明記 書かなくても法定の義務が生じる(後述)。書くなら法定より短くする意図を明確にする
第12条 補償 上限額と請求期間 上限と期間を書かないと、売り手は無限責任を負う。中小M&Aでは譲渡価額の10〜100%、1〜2年が実務の帯

収入印紙はいくら貼るか

事業譲渡契約書は、印紙税法上の第1号文書(不動産、鉱業権、無体財産権、船舶もしくは航空機または営業の譲渡に関する契約書)に当たる。「営業の譲渡」が明記されているため、事業の譲渡を目的とする契約書は課税文書である。

契約金額 印紙税額
100万円を超え500万円以下 2,000円
500万円を超え1千万円以下 1万円
1千万円を超え5千万円以下 2万円
5千万円を超え1億円以下 6万円
1億円を超え5億円以下 10万円
5億円を超え10億円以下 20万円
契約金額の記載のないもの 200円

注意すべきは軽減措置の適用範囲である。第1号文書のうち税率が軽減されるのは不動産の譲渡に関する契約書に限られ、営業の譲渡には軽減措置が適用されない。不動産売買と同じ感覚で軽減後の額を貼ると不足になる。

契約書を2通作って甲乙が1通ずつ保有する場合、2通とも課税文書なので印紙も2通分が要る。

競業避止義務は書かなくても生じる

事業を譲渡した会社は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村および隣接する市町村の区域内において、譲渡日から20年間、同一の事業を行ってはならない(会社法21条1項)。

  • 特約で延長する場合の上限は30年(同条2項)
  • 不正競争の目的をもってする場合は、期間や地域に関わらず禁止(同条3項)

つまり第10条を書かなくても20年の縛りがかかる。契約書に競業避止条項を置く実務上の意味は、期間や地域を法定より狭めたいとき、あるいは逆に地理的範囲を広げたいときにある。売り手が譲渡後に別の地域で同業を続ける予定なら、この条項の交渉が本丸になる。

商号を続けて使うなら22条を確認する

譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う(会社法22条1項)。事業譲渡で簿外債務を切り離したつもりが、商号を残したせいで戻ってくる。

免れるには、譲渡後遅滞なく、譲受会社が譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨を登記するか、譲渡会社と譲受会社から第三者へその旨を通知する(同条2項)。屋号や店名を引き継ぐ場合に問題になりやすい。

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買い手が必ず確認する5か所

M&Aで買い手側の弁護士がまず開くのは、次の5か所である。

  1. 別紙目録の網羅性。リース・保証金・仕掛品・知的財産の記載があるか
  2. 前提条件(第8条)。株主総会の承認と取引先の承諾が支払いの条件になっているか
  3. 表明保証の範囲。未払残業代・訴訟・簿外債務が保証事項に入っているか
  4. 補償の上限と期間。上限額・請求期間・免責額(バスケット)の3点があるか
  5. 従業員の同意取得の責任分担。同意しない従業員が出た場合に誰が負担するか

このうち1と5は、契約書の条文ではなく別紙で決まる。ドラフト段階で別紙が「別途定める」のままになっている契約書は、実質的にまだ何も決まっていない。

締結までのチェックリスト

  • [ ] 譲渡対象の目録(資産・負債・契約・従業員)を作成した
  • [ ] 譲渡資産の帳簿価額が総資産の5分の1を超えるか確認した
  • [ ] 株主総会の招集通知を、効力発生日の20日前までの反対株主通知と整合させた
  • [ ] 取締役会の決議(重要な財産の処分)を経た
  • [ ] チェンジオブコントロール条項のある契約を洗い出した
  • [ ] 許認可の再取得に要する期間を譲渡日に織り込んだ
  • [ ] 消費税の課税・非課税の内訳を価額に反映した
  • [ ] 収入印紙の額を契約金額から確定し、2通分を用意した
  • [ ] 競業避止義務の期間・地域を法定(20年・隣接市町村)と比べて決めた
  • [ ] 商号を続用するなら、免責の登記または通知の要否を確認した

よくある質問

Q. ひな形をそのまま使ってよいか。
第1条から第16条の骨格はそのままでよい。書き換えが必要なのは別紙(目録・表明保証事項・従業員名簿)と、第10条・第12条の数値である。これらは案件ごとに全く違う。

Q. 契約書はいつ作るか。
基本合意後、デューデリジェンスと並行して作る。デューデリジェンスで出た指摘が表明保証と補償条項に反映されるため、調査完了前に条文を固めない。

Q. 譲渡価額に消費税は含むか。
含めない書き方が実務では一般的である。「金○○円(消費税別)」と明記し、課税資産と非課税資産の内訳を別紙に置く。

Q. 電子契約なら印紙は不要か。
印紙税は文書の作成に課される。電子的に締結し紙の契約書を作成しない場合、課税文書の作成に当たらないと解されている。ただし出力して署名押印すれば課税される。

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まとめ

事業譲渡契約書のひな形は、条項の並びだけ見ればどれも似ている。差が出るのは別紙と、会社法上の手続を逆算したスケジュールである。

  • 移るのは目録に書いたものだけ。「一切の資産」では特定されない
  • 効力発生日の20日前という反対株主への通知期限から逆算する
  • 競業避止義務は書かなくても20年・隣接市町村に及ぶ
  • 収入印紙は営業の譲渡として第1号文書。不動産の軽減措置は使えない
  • 商号を続用するなら、免責の登記か通知をしないと債務が付いてくる

参考・一次情報

  • 会社法(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
  • 国税庁 No.7140 印紙税額の一覧表(その1)第1号文書から第4号文書まで https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/7140.htm
  • 国税庁 No.7101 不動産の譲渡・土地の賃貸借・消費貸借・運送等に関する契約書 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/7101.htm
  • 中小企業庁 事業承継 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/index.html

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