動物病院のM&A|獣医師が高齢化するなかで、譲る側が決める4つのこと

動物病院の数は増えているのに、続ける人が足りない。この2つが同時に起きているのが、いまの動物病院業界である。

農林水産省「飼育動物診療施設の開設届出状況」によると、動物病院の数は2014年の15,198件から2023年の16,825件へ、10年で約10%増えた。一方で獣医師の平均年齢は50.1歳(男性53.9歳・女性43.2歳、令和5年調査)で、高齢の獣医師の多くが引退時に廃業を選んでいる。

院を閉じるか、譲るか。 この記事は、譲る側が何を決めておく必要があるかを4つに分けて整理する。

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目次
  1. 動物病院のM&Aが一般企業と違う3点
    1. 1. 開設者が変わると行政への届出が要る
    2. 2. 資格が引き継げない
    3. 3. 飼い主と従業員の継続性が価格に直結する
  2. 譲る側が決めておく4つのこと
    1. ① いつまでに譲るのか
    2. ② 誰に譲るのか
    3. ③ 従業員をどうするか
    4. ④ 何を残したいのか
  3. 譲るか、閉じるか
  4. 引継ぎで最も抜けやすいもの
    1. カルテと飼い主情報
    2. 各種の届出
    3. 従業員
  5. 価格はどう決まるか
  6. 準備の順番
  7. よくある質問
    1. 個人経営でも譲渡できますか。
    2. 従業員には、いつ伝えるべきですか。
    3. 相場はどのくらいですか。
    4. 検討を始めるのに適した時期はありますか。
  8. まとめ
  9. 出典

動物病院のM&Aが一般企業と違う3点

1. 開設者が変わると行政への届出が要る

動物病院は獣医療法上の「飼育動物診療施設」にあたり、開設・変更・廃止のいずれも都道府県知事への届出が必要である。

M&Aの形態によって手続きが変わる。

形態 届出
個人開設の診療施設を第三者へ譲る 譲渡側が廃止届、譲受側が新規開設届
法人が運営し、株式を譲渡する 開設者は法人のまま。変更届で足りる場合がある

自治体によって求められる書類が異なるため、検討段階で管轄の家畜保健衛生所または担当課に確認するのが実務上いちばん早い。ここを後回しにすると、譲渡日を決めたあとで手続きが間に合わないという事態が起きる。

2. 資格が引き継げない

診療行為ができるのは獣医師のみである。施設・設備・カルテ・顧客(飼い主)は引き継げるが、診療そのものは新しい獣医師がいなければ成立しない。

このため譲受側は次の3種類に分かれる。

  • すでに動物病院を運営しているグループ … 獣医師を配置できる。最も成立しやすい
  • 開業を目指す個人の獣医師 … 本人が診療できる。ただし資金調達が課題になる
  • 異業種の企業 … 獣医師を雇用する形になる。人材確保が前提条件

一般企業のM&Aで買い手が「経営者」を探すのに対し、動物病院では買い手自身が有資格者であるか、有資格者を確保できるかが最初のふるいになる。

3. 飼い主と従業員の継続性が価格に直結する

動物病院は地域密着で、飼い主が「その先生」を指名して通っている割合が高い。院長が交代した時点で通院をやめる飼い主が出る。

したがって譲受側は次を見る。

  • 動物看護師が残るか(技術と飼い主との関係の両方を持っている)
  • 院長が一定期間残って引き継ぐか
  • カルテと診療履歴が整理されているか

「院長が半年〜1年残る」という条件が、価格そのものより成立可否を左右することがある。

譲る側が決めておく4つのこと

① いつまでに譲るのか

体力的に続けられなくなってから動き始めると、選択肢が「閉じる」しか残らない。相手探しから引き継ぎ完了まで、1年前後を見込んでおくのが現実的である。

期限を決めないまま検討だけ続けると、設備が古くなり、飼い主が減り、条件は年々悪くなる。「いつまでに決める」を先に置くことが、条件を守る唯一の方法になる。

② 誰に譲るのか

上の3種類(グループ/個人獣医師/異業種)で、譲渡後の姿がまったく変わる。

譲受側 譲渡後に起きやすいこと
動物病院グループ 設備・人員が補強される。運営方針は統一される
個人の獣医師 診療の色が変わる。規模は維持されやすい
異業種の企業 経営は安定するが、獣医師の確保が継続課題になる

「価格が最も高い相手」と「院を残してくれる相手」は一致しないことがある。 どちらを優先するかを先に決めておく。

③ 従業員をどうするか

動物看護師・受付を含め、雇用を継続するかどうかは譲渡契約で定める事項である。ここを曖昧にしたまま話を進めると、公表のタイミングで離職が起き、引き継ぐはずだった診療体制ごと失うことがある。

公表の時期は、契約が固まる直前に設定し、院長と譲受側の双方から説明する形が一般的である。

④ 何を残したいのか

譲渡の目的が「対価を最大化すること」なのか、「院と雇用を残すこと」なのかで、選ぶ相手も条件も変わる。

  • 対価を優先する … 複数の候補に打診し、条件を比較する
  • 院を残すことを優先する … 診療方針の合う相手を絞り、条件は譲る余地を持つ

両方を同時に最大化することはできない。先に順番を決めておくと、交渉で迷わない。

譲るか、閉じるか

すべての動物病院が譲れるわけではない。次のような場合、閉院のほうが現実的なこともある。

  • 賃借物件で、契約の承継が認められない
  • 設備の更新が長く止まっており、譲受側が全面的な投資を要する
  • 診療圏に競合が増え、患者数の回復が見込めない

一方、次のいずれかがあれば譲れる可能性は高い。

  • 動物看護師が定着している
  • カルテと診療履歴が電子化・整理されている
  • 立地が確保されている(駐車場を含む)
  • 院長が引き継ぎ期間に残れる

閉院を選ぶと、原状回復費用、設備の処分費用、従業員への対応が発生する。「譲れば入り、閉じれば出ていく」という差が、判断材料として最も大きい。

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引継ぎで最も抜けやすいもの

カルテと飼い主情報

動物のカルテは、飼い主の個人情報を含む。氏名・住所・連絡先が記録されているため、個人情報保護法上の取扱いが発生する。

  • 事業承継に伴う個人データの提供は、第三者提供の例外として扱われる場合があるが、利用目的の範囲を超えて扱わないことが前提になる
  • 承継後に告知する(誰が診療を引き継ぐか、情報がどう扱われるか)
  • 紙カルテと電子カルテの両方を棚卸しする

「カルテは引き継げるもの」と思い込まず、扱いを先に決めておく。

各種の届出

届出 所管
診療施設の開設届・廃止届 都道府県(獣医療法)
エックス線装置の届出 都道府県
麻薬・向精神薬の取扱い 都道府県・地方厚生局
毒物劇物の取扱い 都道府県
狂犬病予防注射の実施に関する登録 市区町村・獣医師会

🔴 麻薬・向精神薬とエックス線装置は、開設者が変わると手続きが必要になる。引継ぎのスケジュールに必ず組み込む。

従業員

  • 雇用契約の引継ぎ(事業譲渡なら、原則として個別の同意が要る)
  • 有給休暇の残日数
  • 退職金の扱い

動物看護師・トリマーは、院長との関係で残っているケースがある。買い手には人が最大の資産になるので、早めに意向を確認する。

価格はどう決まるか

一般の中小企業と同じく、時価純資産+営業権(のれん)で考えることが多い。

評価を上げる要素 評価を下げる要素
勤務獣医師が複数いる 院長1人に診療が集中している
来院者が安定して増えている 特定の飼い主に売上が偏っている
設備が新しい 大きな更新投資が近い
不動産を所有している 賃借で、賃貸人の承諾が不透明
カルテが電子化され、来院履歴を追える 紙カルテのみで実態が読めない

🔴 「院長1人」であること自体が最大の減価要因になる。承継を考え始めたら、勤務獣医師を採用して診療を分散させるところから着手すると評価が変わる。

準備の順番

  1. 決算書の整理(役員貸付金・仮払金の清算、不良在庫の処理)
  2. 個人と法人の資産を分ける(車両、不動産、保険)
  3. カルテの電子化と、来院履歴の可視化
  4. 勤務獣医師の採用・育成で、診療を分散する
  5. 不動産の権利関係を確認する(賃貸借契約の承継可否)
  6. 相談先を決める(事業承継・引継ぎ支援センター、金融機関、専門家)

1〜4は時間がかかる。閉院を考える段階になってからでは間に合わない。

よくある質問

個人経営でも譲渡できますか。

できます。ただし個人開設の場合、譲渡側の廃止届と譲受側の新規開設届が必要になるのが一般的で、開設者の切り替えに空白が生じないよう日程を組む必要があります。詳細は管轄自治体にご確認ください。

従業員には、いつ伝えるべきですか。

契約が固まる直前が一般的です。早すぎると不確実な段階で不安が広がり、遅すぎると引き継ぎの準備期間が取れません。院長と譲受側の双方から説明する形が望ましいとされています。

相場はどのくらいですか。

規模、立地、診療科目、設備の状態、動物看護師の在籍状況によって大きく変わるため、一律の相場を示すことはできません。企業価値の算定方法には複数の考え方があり、どれを用いるかによっても結果が変わります。

検討を始めるのに適した時期はありますか。

引退を考え始めた時点です。体力的に続けられなくなってからでは、相手探しと引き継ぎに必要な期間が確保できません。

まとめ

動物病院のM&Aが一般企業と違うのは、行政への届出が要ること、資格が引き継げないこと、飼い主と従業員の継続性が価格に直結することの3点である。

譲る側が決めるのは4つ。

  1. いつまでに譲るのか(1年前後を見込む)
  2. 誰に譲るのか(グループ/個人獣医師/異業種)
  3. 従業員をどうするか(雇用継続を契約で定める)
  4. 何を残したいのか(対価か、院と雇用か)

獣医師の平均年齢が50.1歳という数字は、この判断を迫られる院が今後さらに増えることを意味している。動ける時期に検討を始めておくことが、選択肢を残す唯一の方法になる。

出典

  • 農林水産省「飼育動物診療施設の開設届出状況(診療施設数)」
  • 農林水産省「獣医師法第22条の届出(令和5年)」
  • 獣医療法

※ 本記事は2026年9月時点の情報にもとづきます。行政手続きは自治体によって取り扱いが異なるため、実際の検討にあたっては管轄自治体にご確認ください。

ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部

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