退職金にかかる税金は、給与や賞与とはまったく別の計算をします。しかも、税制上かなり優遇されています。
この仕組みは、オーナー社長が会社を退くときに大きく効きます。M&Aで会社を譲渡する際、対価の一部を役員退職金として受け取ることで、手取りが変わることがあるからです。
この記事では、まず退職金の税額計算を示し、そのうえで株式譲渡と役員退職金をどう使い分けるかを整理します。
退職金の税金は3段階で計算する
退職所得は、給与所得などと合算せず、分離課税で計算されます。手順は3つです。
手順1:退職所得控除額を出す
勤続年数によって、控除される金額が変わります。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(80万円に満たない場合は80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年) |
勤続年数の1年未満の端数は切り上げます。20年1か月なら21年です。
手順2:課税対象額を出す
退職所得の金額 =(退職金の額 − 退職所得控除額)× 1/2
「2分の1」が効きます。控除を引いた後、さらに半分だけが課税対象になります。
ただし例外があります。
- 役員等で勤続年数5年以下の場合(特定役員退職手当等)——2分の1は適用されません
- 役員等以外で勤続年数5年以下の場合(短期退職手当等)——控除後の金額のうち300万円を超える部分について2分の1が適用されません
M&Aの直前に役員に就任して退職金を取る、といった設計は、この規定で封じられています。
手順3:税率を掛ける
退職所得の金額に、所得税の超過累進税率を適用します。復興特別所得税(所得税額の2.1%)と、住民税10%が加わります。
計算例:勤続35年・退職金5,000万円
手順1:退職所得控除額
800万円 + 70万円 ×(35年 − 20年)
= 800万円 + 1,050万円
= 1,850万円
手順2:退職所得の金額
(5,000万円 − 1,850万円)× 1/2
= 3,150万円 × 1/2
= 1,575万円
手順3:税額
所得税は、1,575万円に対する超過累進税率(このケースでは税率33%・控除額1,536,000円の区分)で計算します。
| 項目 | 概算 |
|---|---|
| 所得税 | 約366万円 |
| 復興特別所得税 | 約7.7万円 |
| 住民税(10%) | 約157.5万円 |
| 合計 | 約531万円 |
5,000万円に対する実効税率は約10.6%です。
同じ5,000万円を役員報酬として受け取った場合、所得税・住民税の合計は概ね2,000万円を超えます。この差が、退職金の優遇の大きさです。
株式譲渡との比較
M&Aでオーナーが対価を受け取る方法は、大きく2つあります。
| 株式譲渡 | 役員退職金 | |
|---|---|---|
| 受け取る人 | 株主(オーナー個人) | 退任する役員 |
| 課税 | 譲渡所得・20.315%(一律) | 退職所得・累進だが控除と1/2がある |
| 会社側の扱い | 会社の損益に影響なし | 適正額なら損金算入できる |
| 買い手のメリット | — | 損金算入により法人税負担が下がる |
譲渡所得は一律20.315%です。金額が大きくても税率は変わりません。
退職所得は累進ですが、控除と2分の1があるため、一定の金額までは20.315%を下回ります。
つまり金額によって有利不利が入れ替わります。
どちらを選ぶか
役員退職金を厚めに設計する
こういう条件なら、有利になりやすいものです。
- 勤続年数が長い(創業から20年以上など。控除額が大きくなる)
- 退職金の額が退職所得控除を大きくは超えない範囲に収まる
- 買い手が損金算入を評価している(法人税負担が下がるため、その分を譲渡条件に反映できる場合がある)
- 会社に退職金を支払える資金がある
勤続年数が長いほど控除が積み上がるため、創業社長ほど効きます。
株式譲渡で受け取る
こういう条件なら、株式譲渡が素直です。
- 勤続年数が短い(控除額が小さい)
- 対価の額が大きく、退職所得の累進税率が20.315%を超える水準になる
- 会社に退職金を支払う資金がなく、買い手が別途資金を用意する必要がある
- 手続きを簡潔にしたい
対価が非常に大きい場合、退職金の累進税率が譲渡所得の一律20.315%を上回ります。この水準を超えるなら、株式譲渡で受け取るほうが有利です。
両方を組み合わせる
実務で多いのは、この形です。
退職所得の優遇が効く範囲までを役員退職金で、残りを株式譲渡で受け取る設計です。分岐点は勤続年数と金額で変わるため、税理士による試算が前提になります。
会社側の落とし穴:過大な役員退職金は損金にならない
役員退職金は、適正額を超える部分が損金不算入になります。根拠は法人税法第34条第2項です。
適正額の目安として実務で使われるのが、功績倍率法です。
役員退職金の適正額 = 最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率
功績倍率は、社長で3.0程度が一つの目安とされていますが、法令に定めがある数値ではありません。同業・同規模の水準と比べて判断されます。
注意点が2つあります。
- 最終報酬月額を退職直前に引き上げると、税務上問題視されることがあります。退職金を膨らませる目的とみなされるためです
- 役員退職金規程を整備し、株主総会の決議を経ておく必要があります。規程がないまま支給すると、金額の根拠を説明できません
M&Aの直前に規程を作って高額な退職金を設定する、という進め方は避けてください。
そもそも退職金を出さないという判断
こういう条件なら、退職金を設計する必要はありません。
- 会社に支払える資金がなく、借入をしてまで出す理由がない
- 勤続年数が短く、控除額が小さい
- 譲渡対価がそのまま生活資金として必要で、時期を分けたくない
- 退任後も顧問等で関与を続ける予定があり、「退職」の事実が認定されにくい
最後の点は見落とされがちです。退職金として認められるには、実質的に役員を退任している必要があります。退任後も実質的に経営に関与していると、退職金ではなく賞与とみなされるおそれがあります。
よくある質問
Q. 退職金は確定申告が必要ですか。
A. 「退職所得の受給に関する申告書」を提出していれば、源泉徴収で課税関係が完結します。提出しない場合、一律20.42%が源泉徴収され、確定申告で精算することになります。
Q. 勤続年数は役員だった期間だけですか。
A. 同一の会社で従業員から役員になった場合、通算できます。ただし特定役員退職手当等の判定など、細かい規定があるため確認が必要です。
Q. 分割で受け取れますか。
A. 一時金として受け取れば退職所得です。年金形式で受け取ると雑所得となり、課税が変わります。
Q. 死亡退職金はどうなりますか。
A. 相続税の対象になります。所得税ではなく、相続税の非課税枠(500万円 × 法定相続人の数)が適用されます。
まとめ
- 退職所得は(退職金 − 退職所得控除)× 1/2 で計算し、分離課税
- 控除は20年超なら800万円+70万円×(勤続年数−20)。長く勤めるほど大きい
- 役員で勤続5年以下は、2分の1が適用されない
- 株式譲渡は一律20.315%。退職金は累進だが控除と1/2がある
- 勤続年数が長く、金額が控除の範囲に収まるほど、役員退職金が有利
- 実務では両方を組み合わせる設計が多い。分岐点は試算が要る
- 会社側では功績倍率法で適正額を検討し、規程と株主総会決議を整備しておく
- 退職の実態が伴わないと、退職金として認められない
税率の比較だけで決めないでください。会社の資金繰り、買い手の意向、退任後の関与——これらが揃って初めて設計が成立します。
参考
- 国税庁「退職金を受け取ったとき(退職所得)」
- 国税庁「退職所得の受給に関する申告書」
- 所得税法(昭和40年法律第33号)第30条・第201条
- 法人税法(昭和40年法律第34号)第34条第2項
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部
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