インサイダー取引とは?重要事実と規制対象者・罰則をM&Aの実務目線で解説

インサイダー取引と聞くと、上場企業の役員が自社株を売り抜ける、というイメージを持つ方が多いかもしれません。

しかし実務で問題になりやすいのは、もっと地味な場面です。上場企業から買収の打診を受けた非上場企業の経営者、その相談を受けた顧問税理士、話を聞いた家族。こうした立場の人が、規制の対象になり得ます。

M&Aの検討過程では、公表前の情報に触れる人の範囲が想像以上に広がります。この記事では、インサイダー取引規制の基本と、M&Aの実務で気をつけるべき点を整理します。

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目次
  1. インサイダー取引とは — 未公表の重要事実を知って売買すること
  2. 何が「重要事実」にあたるか
    1. M&Aで特に注意が要る点
  3. 誰が規制の対象になるか
    1. 会社関係者(第166条第1項)
    2. 情報受領者(第一次情報受領者)
    3. 公開買付け等関係者(第167条)
  4. 「公表」とはいつか
  5. 罰則
  6. 中小企業の経営者が実務で守るべき5つのこと
  7. M&Aの実務で注意する場面
    1. 検討の初期段階
    2. 関与者リストを作る
    3. 売買の停止
    4. 非上場企業でも無関係ではない
  8. よくある質問
  9. まとめ

インサイダー取引とは — 未公表の重要事実を知って売買すること

インサイダー取引規制は、金融商品取引法(金商法)第166条・第167条に定められています。

第166条が定めるのは、会社関係者が、上場会社の業務等に関する重要事実を知りながら、その事実が公表される前に、その会社の株式などを売買してはならないというルールです。

出典:e-Gov法令検索「金融商品取引法」

規制の目的は、情報の非対称性を放置しないことにあります。内部情報を知る者だけが有利に売買できる市場では、一般の投資家は参加できません。市場の公正さと投資家の信頼を守るための規制です。

成立には、大きく3つの要素が揃う必要があります。

  1. 規制対象者にあたる(会社関係者、または情報を受け取った者)
  2. 重要事実を知っている
  3. その事実が公表される前に売買した

何が「重要事実」にあたるか

重要事実は金商法第166条第2項で類型化されています。M&Aに関係が深いものを中心に挙げます。

決定事実(会社が決めたこと)

  • 株式の発行、自己株式の取得
  • 資本金の額の減少
  • 合併、会社分割、事業の譲渡・譲受け
  • 解散、新製品・新技術の企業化
  • 業務上の提携

発生事実(会社に起きたこと)

  • 災害や業務に起因する損害
  • 主要株主の異動
  • 訴訟の提起・判決
  • 手形の不渡り

決算情報

  • 売上高、経常利益、純利益、配当の予想値と、実績値との差が一定基準以上になった場合

バスケット条項

上記に該当しなくても、「投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」は重要事実にあたります。個別に列挙されていないから安全、とは言えない仕組みになっています。

M&Aで特に注意が要る点

決定事実は「実行したとき」ではなく、業務執行を決定する機関が決定したときに重要事実となります。取締役会の正式決議を待つ必要はありません。

実務上、実質的に決定できる機関が「実現を目指す」と判断した時点で成立し得ると解されています。「まだ正式決議前だから大丈夫」という理解は危険です。

もうひとつ、軽微基準があります。一定規模を下回る取引は重要事実から除外されますが、基準は事実の類型ごとに細かく定められています。自己判断せず、専門家に確認してください。

誰が規制の対象になるか

会社関係者(第166条第1項)

  • 上場会社の役員、代理人、使用人その他の従業者
  • 帳簿閲覧権を有する株主
  • 法令にもとづく権限を有する者(監督官庁の職員など)
  • 上場会社と契約を締結している者、締結の交渉をしている者

最後の項目が、M&A実務では決定的に重要です。買収の交渉相手、顧問弁護士、税理士、会計士、金融機関、M&A仲介会社——契約の交渉をしている段階で、すでに会社関係者に含まれます。

そして、会社関係者でなくなった後も1年間は規制が続きます。交渉が破談になっても、すぐに自由になるわけではありません。

情報受領者(第一次情報受領者)

会社関係者から重要事実の伝達を受けた者も規制対象です。

ここで問題になるのが、家族への何気ない会話です。「実は大きな話が来ていてね」と配偶者に伝え、その配偶者が当該銘柄を売買すれば、規制に触れる可能性があります。悪意がなくても成立します。

なお、第一次情報受領者からさらに聞いた者(第二次情報受領者)は、原則として第166条の対象外です。ただし公開買付け等に関する第167条には別の規律があり、また共犯として問われる余地もあります。「二次だから安全」という理解は持たないでください。

公開買付け等関係者(第167条)

TOB(株式公開買付け)を行う者の関係者にも、別途規制があります。買収する側の情報を知った者が対象になる点が第166条との違いです。

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「公表」とはいつか

重要事実が「公表された」といえるのは、次のいずれかに該当したときです。

  1. 金融商品取引所の適時開示情報(TDnet)に掲載され、公衆縦覧に供されたとき
  2. 有価証券報告書などの法定開示書類が公衆縦覧に供されたとき
  3. 2以上の報道機関に公開され、12時間が経過したとき

実務では1が中心です。「新聞が報じたから公表された」とは限りません。観測記事が出た段階では、会社が正式に開示していなければ未公表のままです。ここを取り違えた例は少なくありません。

罰則

刑事罰と課徴金の両方が用意されています。

刑事罰

  • 個人:5年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金、またはその併科
  • 法人:5億円以下の罰金(両罰規定)
  • 違反により得た財産は没収・追徴の対象

課徴金

刑事罰とは別に、金融庁が課徴金納付命令を出します。証券取引等監視委員会の調査を経て科されるもので、金額は違反の態様により算定されます。

金銭的な負担に加えて、上場企業であれば社会的信用の毀損、役員の辞任、取引先との関係悪化といった影響が及びます。得られる利益に対して、リスクが著しく非対称な行為だといえます。

中小企業の経営者が実務で守るべき5つのこと

上場企業からの買収提案を受ける側になったときに、押さえるべき点を挙げます。

1. 交渉開始と同時に、対象銘柄の売買を止める

相手方が上場企業なら、その株式(および関連するデリバティブ)の売買を停止します。すでに保有していても、公表前に売却すれば規制に触れます。

2. 情報に触れる人の範囲を記録する

誰にいつ何を伝えたかを一覧にします。上場企業側は法務部門が管理していますが、受け手側の中小企業では管理されないことが多いのが実情です。

3. 家族に話さない

最も多い事故の入口です。守秘義務契約の対象であることに加え、情報受領者を作ってしまう行為です。

4. 相談する専門家を絞る

顧問税理士、弁護士、金融機関——相談は必要ですが、必要最小限にとどめ、守秘義務契約を締結します。

5. 社内への共有は開示のタイミングと合わせる

従業員への説明は必要ですが、時期を誤ると情報が広がります。上場企業側の開示スケジュールと足並みを揃えてください。

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M&Aの実務で注意する場面

検討の初期段階

秘密保持契約(NDA)を結ぶ前に社名を出さない。相手が上場企業の場合、社名と検討の事実が結びついた時点で重要事実に触れる可能性がある。

関与者リストを作る

誰が、いつ、どの情報を知ったかを記録する。後から「知っていたか」が争点になったとき、記録が唯一の説明手段になる。上場企業では必須の実務である。

売買の停止

関与者本人と、その家族の株式売買を一定期間停止する。持株会や積立の設定も確認する。自動で買い付けが行われていると、意図せず取引が成立する。

非上場企業でも無関係ではない

自社が非上場でも、相手方や取引先が上場企業なら規制は及ぶ。「うちは上場していないから関係ない」という理解は誤りである。

よくある質問

Q. 非上場企業の株式にもインサイダー取引規制は適用されますか。

第166条の規制対象は、金融商品取引所に上場されている株式などです。非上場株式の売買はこの規制の対象外です。ただし、買収相手が上場企業であれば、その株式について規制がかかります。

Q. 買収の話が破談になったら、株式を売買してよいですか。

破談になった事実自体が重要事実にあたる場合があります。また、会社関係者でなくなってから1年間は規制が続きます。自己判断せず確認してください。

Q. 損をした場合でも違反になりますか。

なります。規制は利益を得たかどうかを要件としていません。売買した事実で成立します。

Q. 少額の取引でも対象ですか。

金額の下限はありません。少額でも違反は成立します。

Q. 「知っていたが、その情報とは無関係に売った」場合は。

原則として違反になります。重要事実を知りながら公表前に売買した事実で判断されるためです。あらかじめ定めた計画にもとづく売買など、限られた適用除外はありますが、要件は厳格です。

まとめ

  • インサイダー取引は、未公表の重要事実を知る者が、公表前に上場株式を売買する行為(金商法第166条・第167条)
  • 重要事実には合併・会社分割・事業譲渡が含まれ、「投資判断に著しい影響を及ぼすもの」というバスケット条項もある
  • 決定事実は正式決議前でも、実質的な決定の時点で成立し得る
  • 会社関係者には、契約の交渉をしている相手方や専門家も含まれる。関係を離れた後も1年間は継続
  • 「公表」は適時開示(TDnet)等が基準。新聞報道は公表ではない
  • 罰則は個人で5年以下の拘禁刑または500万円以下の罰金、法人は5億円以下の罰金。課徴金も別途科される

M&Aの検討に入ったら、まず対象銘柄の売買を止め、情報を伝える相手を記録する。この2つを最初に決めておくだけで、多くの事故は防げます。


参考

ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部

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