M&Aの契約が完了し、決済も終わった。ここで一区切りと考えたくなるが、実務はまだ残っている。取引先、金融機関、外注先、そして場合によってはメディアへの案内である。
この案内を誤ると、成約後にトラブルが起きる。「聞いていない」と取引先が態度を硬化させる、金融機関が与信を見直す、噂が先行して顧客が離れる。逆に、順番と文面を整えて丁寧に伝えれば、M&Aは信用を落とすどころか、体制強化の前向きな知らせとして受け取られる。
本稿では、案内の順番とタイミングを整理したうえで、株式譲渡・事業譲渡それぞれの挨拶状文例、およびプレスリリースの書き方を掲載する。
この記事の内容、自社に当てはめるとどうなる?
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M&A成約後の取引先・関係者への案内(報告)のベストなタイミング
大原則:従業員より先に外部へ知らせない
案内の設計で最初に押さえるべきは、社内への発表が外部への案内より先であるという順番だ。取引先から「御社、買収されたんですね」と社員が聞かされる状況は、士気に決定的な打撃を与える。
一般的な順序は次のとおりである。
| 順番 | 対象 | タイミング | 伝達手段 |
|---|---|---|---|
| 1 | 役員・幹部 | 全社発表の直前 | 個別面談・幹部会議 |
| 2 | 全従業員 | 最終契約後〜クロージング当日 | 全社朝礼・説明会 |
| 3 | 主要取引先(売上・仕入の上位) | 従業員発表当日〜翌営業日 | 経営陣による直接訪問・電話 |
| 4 | 金融機関 | 主要取引先と同等(チェンジオブコントロール対応は事前に完了させる) | 訪問・報告書提出 |
| 5 | その他の取引先・関係先 | 全社発表から数日以内 | 挨拶状(郵送・メール・FAX) |
| 6 | メディア・一般公表 | 上記完了後(同日夕方など) | プレスリリース配信・Web掲載 |
主要取引先には、文書より先に人が行く。売上上位の取引先や、事業に不可欠な仕入先には、経営者が直接訪問して説明するのが基本だ。挨拶状はその後に届く「確認の書面」として機能する。
金融機関への連絡とチェンジオブコントロール(COC)条項への注意
融資取引がある場合、金融機関への連絡は他の取引先と同列に扱えない。融資契約に支配権の変動に関する条項(チェンジオブコントロール条項)が含まれていることがあり、事前の通知や承諾が必要なケースがある。
また、経営者保証が付いている借入は、M&Aに伴って保証をどう扱うかの協議が必要になる。これらはクロージング前に済ませておくべき論点であり、成約後の「ご報告」で足りるものではない。
主要な取引基本契約や賃貸借契約、フランチャイズ契約に同様の条項が入っている場合も同じだ。契約上、事前の承諾が必要なら、案内ではなく同意の取得という手続きになる。デューデリジェンスの段階で確認しておく必要がある。
挨拶状を出す範囲と方法
- 範囲:継続的な取引がある法人すべて。休眠状態の取引先も、将来の再開を考えれば送っておくのが安全である。
- 形式:正式には封書。取引量に応じて、メール・FAXの併用も一般的である。
- 差出人:株式譲渡なら旧代表と新代表の連名、事業譲渡なら譲渡側・譲受側の連名が丁寧である。
- 時期:クロージング後、遅くとも2週間以内。
- 添付:新体制の会社案内、担当者一覧、振込先変更のお知らせ(変更がある場合)。
この記事の内容、自社に当てはめるとどうなる?
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【文例集】会社売却における取引先への案内文面テンプレート(そのまま使える雛形)
1. 株式譲渡(グループ入り)の場合の案内文面
株式譲渡では、法人格は変わらない。取引契約も、債権債務も、そのまま継続する。この点を明確に伝えることが、取引先の不安を消す最短ルートである。
▼ 基本形(旧代表・新代表の連名)
令和〇年〇月〇日
お取引先各位
〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
株式会社〇〇〇〇
前代表取締役 〇〇 〇〇
代表取締役 〇〇 〇〇
資本提携および代表者交代のご挨拶
拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、このたび弊社は、令和〇年〇月〇日付で
株式会社△△△△と資本提携を行い、同社のグループの一員として
新たな体制で事業を継続する運びとなりました。
これに伴い、同日付をもちまして〇〇〇〇が代表取締役を退任し、
後任として〇〇〇〇が代表取締役に就任いたしました。
なお、弊社の商号、所在地、電話番号、取引口座に変更はございません。
皆様との契約関係およびお取引条件につきましても、
これまでどおり継続させていただきます。
ご担当者も変更ございませんので、引き続きご用命賜りますよう
お願い申し上げます。
今回の提携により、△△△△グループの持つ〇〇の体制を活用し、
これまで以上に皆様のご期待に応えられるよう努めてまいります。
前代表〇〇〇〇在任中に賜りましたご厚情に深く感謝申し上げますとともに、
新体制に対しましても変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
まずは略儀ながら書中をもってご挨拶申し上げます。
敬具
▼ 前代表からの個別の挨拶状(退任にあたって)
令和〇年〇月〇日
お取引先各位
株式会社〇〇〇〇
前代表取締役 〇〇 〇〇
退任のご挨拶
拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
私事で恐縮でございますが、このたび令和〇年〇月〇日をもちまして
株式会社〇〇〇〇の代表取締役を退任いたしました。
昭和〇年の創業以来〇〇年の長きにわたり、
皆様のご支援によって今日まで事業を続けることができました。
心より御礼申し上げます。
後任には〇〇〇〇が就任し、
株式会社△△△△グループの一員として、
これまでの事業をそのまま引き継いでまいります。
社員も従来どおり在籍しており、
皆様へのサービスに変更はございません。
新体制に対しましても、私同様のご厚誼を賜りますよう
心よりお願い申し上げます。
末筆ながら、皆様のますますのご発展をお祈り申し上げます。
敬具
▼ 買い手側から送る場合
令和〇年〇月〇日
株式会社〇〇〇〇 お取引先各位
株式会社△△△△
代表取締役 △△ △△
株式取得によるグループ参画のご挨拶
拝啓 貴社ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
このたび弊社は、令和〇年〇月〇日付で
株式会社〇〇〇〇の全株式を取得し、
同社を当社グループに迎えることとなりました。
株式会社〇〇〇〇は、〇〇年にわたり〇〇の分野で
高い評価を得てこられた企業です。
同社の事業、社名、拠点、従業員体制はそのまま継続いたします。
皆様とのお取引につきましても、
これまでと変わらず同社が担当させていただきます。
弊社は〇〇の分野で〇〇の実績を有しており、
両社の強みを合わせることで、
皆様により良いサービスをご提供できるものと確信しております。
今後とも変わらぬお引き立てを賜りますようお願い申し上げます。
敬具
2. 事業譲渡(一部事業の引き継ぎ)の場合の案内文面と契約承継依頼
事業譲渡は株式譲渡と決定的に違う。契約の相手方が変わるため、取引先には契約の承継について同意を得る必要がある。挨拶状は単なる「お知らせ」ではなく、契約変更や承諾手続きの依頼状としての役割を担う。
▼ 基本形(譲渡側・譲受側の連名)
令和〇年〇月〇日
お取引先各位
(譲渡会社)株式会社〇〇〇〇
代表取締役 〇〇 〇〇
(譲受会社)株式会社△△△△
代表取締役 △△ △△
事業譲渡に関するご案内および契約承継のお願い
拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、このたび株式会社〇〇〇〇は、令和〇年〇月〇日付をもちまして、
〇〇事業に関する事業の全部を株式会社△△△△へ譲渡いたしました。
これに伴い、令和〇年〇月〇日以降の〇〇事業に関するお取引は、
株式会社△△△△が承継させていただくこととなります。
つきましては、下記のとおりご案内申し上げますので、
ご確認くださいますようお願い申し上げます。
記
一、承継の対象 〇〇事業に関する一切の営業
一、承継日 令和〇年〇月〇日
一、新しいお取引先
商号 株式会社△△△△
所在地 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
電話番号 〇〇〇-〇〇〇-〇〇〇〇
担当 〇〇部 〇〇 〇〇
一、お支払い・ご請求について
令和〇年〇月〇日以前に発生した債権債務は
株式会社〇〇〇〇が引き続き対応いたします。
同日以降の分は株式会社△△△△が承継いたします。
一、お振込先 別紙のとおり変更となります
一、契約書の取り扱い
同封の「基本契約承継同意書」をご確認いただき、
ご署名・ご押印のうえ、同封の返信用封筒にて
令和〇年〇月〇日までに御返送賜りますようお願い申し上げます。
なお、〇〇事業に従事してまいりました担当者は、
引き続き株式会社△△△△において業務にあたります。
サービスの内容および品質に変更はございません。
お手数をおかけいたしますが、何卒ご理解とご協力を賜りますよう
お願い申し上げます。
敬具
※事業譲渡においては、あらかじめ「契約地位の譲渡に関する同意書(回収用ハガキ等)」を同封することが実務上の鉄則である。
▼ 金融機関宛て(融資取引がある場合の報告文面)
令和〇年〇月〇日
株式会社〇〇銀行
〇〇支店 支店長 〇〇 〇〇 様
株式会社〇〇〇〇
代表取締役 〇〇 〇〇
資本異動および代表者変更のご報告
拝啓 平素より格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
このたび弊社は、令和〇年〇月〇日付で
株式会社△△△△に全株式を譲渡し、
同社のグループ会社となりましたのでご報告申し上げます。
あわせて、同日付で代表取締役が〇〇〇〇から〇〇〇〇へ
交代いたしました。
弊社の商号、所在地に変更はなく、
事業活動および従業員体制も従来どおり継続いたします。
お借入れに関する取り扱い、経営者保証の承継等につきましては、
別途ご相談させていただきたく存じます。
つきましては、変更後の登記事項証明書および
株主構成に関する資料を添付いたしますので、
ご査収くださいますようお願い申し上げます。
今後とも変わらぬお引き立てを賜りますようお願い申し上げます。
敬具
挨拶状を書くときの注意点とPMI(買収後統合)のテクニック
- 譲渡金額は書かない:取引条件の交渉材料にされるリスクがある。
- 「売却」「身売り」を使わない:「資本提携」「グループ参画」「事業の承継」と表現する。
- 変わらないことを先に書く:取引先が最も知りたいのは「これまでどおりか」という点である。
- 変わることは具体的に書く:振込先、担当者、請求書の宛名など、実務に影響する点を明示する。
- 問い合わせ窓口(FAQ同封)を明記する:担当者名と直通連絡先を入れる。買い手企業側は「よくある質問と回答(FAQ)」を同封すると、問い合わせ殺到による業務圧迫を防げる。
この記事の内容、自社に当てはめるとどうなる?
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【メディア・Web向け】事業譲渡・株式譲渡のプレスリリース雛形と書き方
プレスリリースを出すかどうかの判断
すべてのM&Aで公表が必要なわけではない。非上場企業同士の中小M&Aでは、公表しない選択も一般的である。公表する場合のメリットと注意点を整理しておきたい。
出すメリット
- 採用活動やブランドにプラスに働く
- 噂や解釈による混乱を防ぎ、公式見解を先に提示できる
- 買い手企業の成長戦略やシナジーを対外的にアピールできる
出す際の注意点
- 取引先・従業員への案内より先に出さない
- 最終契約書(SPA)にある守秘義務や公表制限条項を守る
- 譲渡価格などの金額条件は、原則として非開示とする
プレスリリースの記載項目
【必須項目】
- タイトル(誰が誰を、どうしたか)
- リード文(3〜4行で要点)
- 本件の概要(譲渡日、スキーム、対象事業)
- 背景・目的
- 期待するシナジー
- 両社の代表者コメント
- 各社の会社概要(商号・所在地・代表者・設立・事業内容・従業員数)
- 本件に関する問い合わせ先
【任意項目】
- 今後の体制・スケジュール
- 取引先・顧客への影響の有無
- ロゴ・写真等の素材
事業譲渡・株式譲渡プレスリリース雛形(文例)
令和〇年〇月〇日
株式会社△△△△
株式会社〇〇〇〇
△△△△、〇〇県で〇〇事業を展開する〇〇〇〇の全株式を取得
〜〇〇分野の体制を強化し、〇〇エリアでのサービス提供を拡大〜
株式会社△△△△(本社:〇〇県〇〇市、代表取締役:△△△△)は、
令和〇年〇月〇日付で、株式会社〇〇〇〇(本社:〇〇県〇〇市、
代表取締役:〇〇〇〇)の全株式を取得し、同社を子会社化いたしました。
本件により、両社は〇〇分野における体制を強化し、
〇〇エリアのお客様により幅広いサービスを提供してまいります。
■ 本件の概要
譲渡実行日 令和〇年〇月〇日
スキーム 株式譲渡(株式会社〇〇〇〇は△△△△の完全子会社となります)
対象会社 株式会社〇〇〇〇
譲渡価格 非開示
■ 背景と目的
株式会社〇〇〇〇は、〇年の創業以来〇〇年にわたり、
〇〇県を中心に〇〇事業を展開し、〇〇社を超えるお客様との
取引実績を築いてまいりました。一方で、〇〇の分野における
体制強化が課題となっておりました。
株式会社△△△△は、〇〇分野において〇〇の実績を有しており、
今回のグループ参画により、両社の強みを組み合わせた
サービス提供が可能になると判断いたしました。
■ 期待するシナジー
1. 〇〇の共同活用による〇〇の効率化
2. 〇〇エリアにおける営業網の相互活用
3. 〇〇分野における人材・ノウハウの共有
■ 今後の体制
株式会社〇〇〇〇は、社名・所在地・従業員体制を維持し、
これまでどおり事業を継続いたします。
代表取締役には〇〇〇〇が就任し、
前代表取締役〇〇〇〇は顧問として〇か月間、引き継ぎにあたります。
お取引先の皆様との契約関係に変更はございません。
■ 代表者コメント
株式会社△△△△ 代表取締役 △△△△
「〇〇〇〇様が長年培ってこられた〇〇への信頼は、
当社が最も大切にしたいものです。両社の力を合わせ、
〇〇の分野でお客様に選ばれる存在を目指してまいります」
株式会社〇〇〇〇 前代表取締役 〇〇〇〇
「〇〇年にわたり支えていただいたお客様と社員のために、
最も良い形を模索した結果が今回の決断です。
新体制のもとで、この会社がさらに発展することを願っています」
■ 会社概要
【株式会社△△△△】
所在地 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
代表者 代表取締役 △△ △△
設立 〇年〇月
事業内容 〇〇〇〇
従業員数 〇〇名
【株式会社〇〇〇〇】
所在地 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
代表者 代表取締役 〇〇 〇〇
設立 〇年〇月
事業内容 〇〇〇〇
従業員数 〇〇名
■ 本件に関するお問い合わせ先
株式会社△△△△ 経営企画部 担当:〇〇
TEL:〇〇〇-〇〇〇-〇〇〇〇 MAIL:〇〇@〇〇.co.jp
配信先と掲載チャネル
- 自社ホームページのニュース欄:最低限ここには掲載する。
- プレスリリース配信サービス:PR TIMES等を活用し、業界メディアへの露出を狙う場合に使用。
- 業界紙・地方紙:地域に根ざした企業では効果が高い。
- SNS・採用ページ:採用への波及を意識するなら連動させる。M&A成約後の統合プロセスやアドバイザリーのサポート範囲はジョブカンM&Aのサービス詳細も参考にされたい。
この記事の内容、自社に当てはめるとどうなる?
ジョブカンM&Aなら、専任アドバイザーに無料で壁打ちできます。「まだ具体的じゃないけど話を聞きたい」でもOK。
まとめ
M&Aの案内は、順番が9割である。従業員 → 主要取引先・金融機関 → その他の取引先 → 対外公表。この順を守り、それぞれに適した形式(訪問・電話・書面・リリース)で伝えれば、大きなトラブルはまず起きない。
文面で意識すべきは、たった2点だ。「何が変わらないか」を先に、「何が変わるか」を具体的に。取引先が知りたいのは経営の物語ではなく、明日からの取引がどうなるかである。
そして、案内文の準備はクロージング後に始めるものではない。契約交渉の終盤には文面の草案を作り、送付先リストを整えておく。成約の翌日から動ける状態にしておくことが、M&A後の信用を守る最後の実務になる。
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部
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