M&Aの実務で、売り手企業が最も消耗する工程がデューデリジェンス(DD)である。基本合意を締結して一息ついた矢先、買い手のアドバイザーから百項目を超える資料請求リストが届く。決算書、契約書、就業規則、株主名簿、賃金台帳──日常業務と並行して集めるには、量が多すぎる。
この工程を乗り切る鍵は、請求が来てから探し始めないことに尽きる。何が求められるかは、案件が違ってもおおむね共通している。先に一覧を把握し、前もって集め始めれば、DD期間中の負担は目に見えて軽くなる。
本稿では、DDで求められる書類を分野別のチェックリストにまとめ、あわせてデータルームのフォルダ設計や個人情報のマスキング方法、書類が見つからない場合の対応を解説する。
この記事の内容、自社に当てはめるとどうなる?
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デューデリジェンス(DD・買収監査)の資料一覧|分野別・必要書類チェックリスト
デューデリジェンス(Due Diligence)とは、買い手が対象会社のリスクと実態を調査する手続きである。買収監査とも呼ばれ、中小企業のM&Aでは、財務・税務・法務・人事労務の4分野が中心となり、業種によって事業DDや環境DDが加わる。
以下のリストは、中小企業のM&Aで一般的に求められる資料をまとめたものだ。案件によって過不足はあるが、この範囲を先に押さえておけば、後からの追加請求に慌てずに済む。
財務・会計DDの必要書類(決算書、試算表、勘定科目内訳など)
財務DDの目的は、決算書の数字が実態を反映しているかの検証にある。特に中小企業では、税務申告のための会計と実際の収益力が乖離しているケースが多く、そこが調整の対象になる。
■ 決算・申告関連
- 決算書(貸借対照表・損益計算書・株主資本等変動計算書)直近3〜5期分
- 勘定科目内訳明細書 直近3〜5期分
- 法人税・住民税・事業税の申告書一式 直近3〜5期分
- 消費税申告書 直近3〜5期分
- 固定資産税の課税明細書
- 税務調査の指摘事項・修正申告の記録
■ 月次・管理会計
- 月次試算表(直近24か月分)
- 部門別・製品別・拠点別の損益資料
- 予算実績対比表・事業計画
- 資金繰り表(実績・見込み)
■ 資産関連
- 固定資産台帳
- 不動産登記事項証明書・賃貸借契約書
- 在庫明細(滞留在庫の状況を含む)
- 売掛金の年齢表(滞留・回収不能債権の状況)
- 有価証券・保険積立金の明細(解約返戻金の一覧を含む)
■ 負債・資金調達
- 借入金一覧(金融機関別・残高・利率・返済予定・担保・保証の状況)
- 金銭消費貸借契約書
- リース契約一覧・契約書
- 未払費用・未払金の内訳
- 保証債務・偶発債務の一覧(他社の保証人になっている場合を含む)
■ その他
- 銀行の通帳・残高証明書
- 役員・関係会社との取引明細(貸付・借入・賃貸借)
- 補助金・助成金の受給状況と交付要件
注意すべきは「簿外」の項目である。役員個人からの借入、社長個人名義の資産を会社が使用している状態、代表者による他社への連帯保証。これらは決算書に現れないが、DDでは必ず論点になる。先に自分で洗い出しておくと、指摘されて慌てる展開を避けられる。
法務DDの必要書類(定款、株主名簿、重要契約書など)
法務DDでは、株式が有効に取得できるか、事業に法的な瑕疵がないかが焦点になる。中小企業で最も問題が出やすいのが株式まわりだ。
■ 会社の基礎
- 定款(現行のもの)
- 商業登記簿謄本(履歴事項全部証明書)
- 株主名簿
- 株券(発行会社の場合)
- 株主総会議事録 過去10年分
- 取締役会議事録 過去10年分
- 社内規程一式(組織規程、職務権限規程、稟議規程など)
■ 株式関連
- 増資・株式異動の経緯が分かる資料
- 名義株・所在不明株主の有無に関する資料
- 種類株式・新株予約権の内容
- 株主間契約の有無
■ 契約関連
- 主要な取引基本契約書(売上上位・仕入上位)
- 業務委託契約書・代理店契約書
- フランチャイズ契約書
- 賃貸借契約書(本社・営業所・倉庫・駐車場)
- 知的財産権の一覧(商標・特許の登録原簿)
- ライセンス契約・共同開発契約
- システム・ソフトウェアの利用契約
■ 許認可・コンプライアンス
- 事業に必要な許認可の一覧と証書
- 行政からの指導・是正命令の記録
- 係争中・過去の訴訟、クレーム対応の記録
- 個人情報の取り扱い状況、情報漏えい事故の記録
チェンジオブコントロール(COC)条項の確認は特に重要だ。主要な取引基本契約や賃貸借契約に「支配権が変動した場合、相手方は契約を解除できる」という条項が入っていると、M&Aの実行そのものに相手方の同意が必要になる。契約書を集める段階で、この条項の有無を自社で確認しておきたい。
人事・労務DDの必要書類(就業規則、賃金台帳、36協定など)
労務DDは、未払い残業代という簿外債務を発見する目的が大きい。ここでの指摘は、そのまま価格の減額交渉に直結する。
■ 規程・届出
- 就業規則(本則・賃金規程・退職金規程・育児介護休業規程等)
- 就業規則の労働基準監督署への届出控え
- 36協定(時間外・休日労働に関する協定届)の直近3年分
- 労使協定(変形労働時間制、フレックス、専門業務型裁量労働制など)
- 労働者代表の選出方法が分かる資料
■ 従業員関連
- 従業員名簿(雇用形態・入社日・年齢・役職・勤務地)
- 賃金台帳 直近2〜3年分
- 出勤簿・タイムカード・勤怠データ 直近2〜3年分
- 雇用契約書・労働条件通知書の雛形と実際の締結状況
- 給与計算の根拠資料(残業単価の算定方法が分かるもの)
- 賞与の支給実績・算定基準
■ 社会保険・安全衛生
- 社会保険・労働保険の加入状況一覧
- 労働保険の年度更新の申告書
- 社会保険料の納付状況
- 健康診断の実施記録
- ストレスチェックの実施状況(対象規模の場合)
- 労災の発生記録
■ その他
- 労働組合の有無・労働協約
- 未払い残業代、労働時間に関する労使トラブルの記録
- ハラスメント相談・懲戒処分の記録
- 退職者の推移(直近3年の退職率・退職理由)
- 役員報酬の推移と決定手続き
勤怠データと賃金台帳の突合は、労務DDの中核である。タイムカードの打刻と支給された残業手当が一致しないと、未払い残業代の存在が疑われる。固定残業代(みなし残業)を導入している場合は、制度の設計が有効か(金額と時間数の明示、超過分の別途支給)が必ず確認される。
事業DD・その他で求められる資料
- 会社概要・組織図
- 主要顧客の売上構成(上位10社の推移)
- 主要仕入先の構成と取引条件
- 商品・サービス別の売上と利益率
- 価格表・見積基準
- 販売チャネル・営業体制の資料
- 競合状況の認識
- 設備の稼働状況・更新計画
- IT環境(利用システム、保守契約、ライセンス数)
- 拠点一覧・地図
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買い手側の印象が良くなる!データルーム(VDR/Googleドライブ)のフォルダ整理法
DD資料の提出は、バーチャルデータルーム(VDR)またはクラウドストレージを通じて行うのが一般的になっている。ここでの整理の仕方が、買い手の心証と作業効率を大きく左右する。
雑然としたフォルダに数百ファイルが並んでいると、買い手は必要な資料を探すために質問を重ねる。質問が増えれば売り手の対応負担も増える。整理は、相手のためであると同時に自分のためである。
推奨フォルダ構成
00_はじめにお読みください
└ 資料一覧・更新履歴.xlsx
└ 資料提出対照表(リクエストリスト対応).xlsx
01_会社概要
├ 01_会社案内・組織図
├ 02_沿革
└ 03_拠点一覧
02_財務
├ 01_決算書(期別フォルダ)
│ ├ 第〇期(20XX年3月期)
│ └ 第〇期(20XX年3月期)
├ 02_税務申告書
├ 03_月次試算表
├ 04_勘定科目内訳
├ 05_固定資産台帳
├ 06_借入・リース
└ 07_資金繰り
03_法務
├ 01_定款・登記
├ 02_株式関係
├ 03_議事録
│ ├ 株主総会
│ └ 取締役会
├ 04_契約書
│ ├ 01_売上(取引先別)
│ ├ 02_仕入(取引先別)
│ ├ 03_賃貸借
│ └ 04_その他
├ 05_許認可
└ 06_知的財産
04_人事労務
├ 01_規程
├ 02_36協定・労使協定
├ 03_従業員名簿
├ 04_賃金台帳
├ 05_勤怠データ
└ 06_社会保険
05_事業
├ 01_売上分析
├ 02_顧客・仕入先
├ 03_商品・サービス
└ 04_設備・IT
06_Q&A
└ 質問回答表.xlsx
ファイル名の付け方
ファイル名の統一は、地味だが効果が大きい。日付を先頭に置き、内容を短く記す形式が探しやすい。
- ○ 20250331_決算書_第15期.pdf
- ○ 20240401_就業規則_改定版.pdf
- ○ 20230715_取引基本契約_株式会社〇〇.pdf
- × 決算書.pdf
- × スキャン0001.pdf
- × 最新版(修正後)(1).xlsx
「最終版」「修正後」「(1)」といった語をファイル名に入れると、どれが本物か分からなくなる。バージョン管理は日付で行うのが確実だ。
運用ルールとマスキング(黒塗り)対応
- アクセス権限を人単位で設定する:閲覧者を記録に残せる。VDRであればダウンロードの可否や透かし(ウォーターマーク)も設定できる。
- マスキング(黒塗り・匿名化)を徹底する:顧客の個人名、従業員の個別病歴、未契約の重要取引先の名称などは、個人情報保護および競合漏洩防止のため、初期DD段階ではマスキングしてアップロードするのが実務の鉄則である。
- 資料提出対照表を作成する:買い手から受領した「リクエストリストの質問番号(例:F-01、L-05)」と「提出したファイル名」を紐付けた対照表(インデックス)を用意する。これがあると買い手側の確認漏れが急減する。
- 未提出のものは「ない」と明示する:空欄のまま放置すると、買い手は探し続ける。「〇〇は保管なし」「〇月〇日提出予定」と対照表に明記する。
- Q&Aは1つの表に集約する:質問がメール・チャット・電話に分散すると、回答漏れが起きる。番号を振って一元管理する。
- 更新履歴を残す:資料を差し替えた場合、いつ何を差し替えたかを記録する。
準備を始めるタイミング
DDの資料請求は基本合意の後に届くが、準備は意向表明を受け取った段階から始めるのが理想だ。決算書や登記簿はすぐ出せても、議事録の整備、契約書の原本探し、勤怠データの集計には時間がかかる。
現実的な進め方は次のとおりである。
- 意向表明の受領時点:財務・法務の基本資料(決算書、登記簿、定款、株主名簿)を集める。
- 基本合意の前:契約書の棚卸し、議事録の有無確認、労務資料の所在確認。
- 基本合意の直後:フォルダ構成を作り、集まった資料を配置する。
- 資料請求リストの受領後:不足分を埋め、資料提出対照表を完成させる。M&Aプロセスのサポート体制についてはジョブカンM&Aのサービス詳細も参考にされたい。
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買収監査の準備書類が見つからない・紛失している場合の代替対応マニュアル
中小企業のDDでは、求められた資料が存在しないことが頻繁に起きる。ここで重要なのは、隠すことでも取り繕うことでもない。「ない」という事実と、その理由、代替手段を示すことである。
書類が見つからない場合の基本対応
- ないことを速やかに伝える:探し続けて回答が遅れるより、状況を先に共有する。
- 理由を説明する:「保管期限を過ぎて廃棄した」「創業期は作成していなかった」など。
- 代替資料を提案する:目的が果たせる別の資料を示す。
- 必要なら再作成する:議事録などは後から整えられる場合がある(ただし作成日を偽らない)。
ケース別の代替対応例
▼ 株主総会・取締役会の議事録がない
中小企業では珍しくないケースだ。決議の事実を証明する代替資料を集める。
- 登記が必要な決議(役員変更、定款変更等)は、登記簿謄本から決議の事実を確認できる。
- 法務局に保管されている登記申請書類の写しを取得する方法もある。
- 過去の重要決議については、確認書(当時の株主・役員が事実を確認する書面)を作成して補完する。
▼ 株主名簿が整備されていない/名義株がある
法務DDで最も深刻になりやすい論点である。株式の所有関係が確定しないと、買い手は安心して株式を買えない。
- 設立時の定款、増資時の資料、法人税申告書別表二(同族会社の判定に関する明細書)から株主の変遷をたどる。
- 名義株がある場合は、名義人から真の株主であることを確認する書面を取得する。
- 所在不明の株主がいる場合、会社法上の手続き(所在不明株主の株式売却制度など)を検討する。時間がかかるため、早期の着手が必要である。
▼ 雇用契約書・労働条件通知書がない
- 賃金台帳、出勤簿、社会保険の加入記録から労働条件を再構成する。
- DDの過程で、現従業員と改めて労働条件通知書を取り交わす対応も取られる。
▼ 就業規則が古い、届出をしていない
- 現行法に適合していない条項があれば、DD中または実行前に改定する。
- 労働基準監督署への届出控えがない場合は、監督署で届出の有無を確認できる。
▼ 契約書がない(口頭取引・古い取引先)
- 発注書、注文請書、請求書、納品書といった書面のやり取りで取引条件を示す。
- 主要取引先については、この機会に契約書を締結し直すことが、買い手にとっての安心材料になる。
▼ 決算書と実態が異なる(役員個人資産の混在など)
- 事実を先に開示し、実態を反映した資料を作る。
- 会社が保有すべきでない資産(役員の車、保険、別荘等)は、実行前に整理する前提で買い手と協議する。
隠すことの代償
DDで発覚した問題より、隠していたことが発覚したときのダメージのほうが大きい。表明保証違反として補償の対象になるだけでなく、信頼が失われて交渉自体が停止する。
売り手が最初に取り組むべきは、資料を美しく揃えることではなく、自社のリスクを自分で洗い出し、先に開示することである。問題を認識したうえで開示された事項は、価格や契約条件で調整できる。しかし、隠されていた事実は、調整では済まない。
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まとめ
DDの準備は、量との戦いに見えて、実際は段取りとの戦いである。求められる資料の範囲はあらかじめ分かっており、フォルダ構成も先に作れる。着手が早ければ早いほど、DD期間中に本業を止めずに済む。
準備を進める過程で、自社の管理体制の弱点も見えてくる。議事録が残っていない、契約書が散逸している、勤怠と給与が突合できない。これらは買い手に指摘されて初めて問題になるが、先に自分で見つけていれば、対処する時間がある。
M&Aを検討し始めた段階で、本稿のチェックリストを使って自社の書類を棚卸ししておくことをおすすめしたい。実際に売却するかどうかにかかわらず、その作業は会社の管理水準そのものを引き上げる。
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部
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