保育園の売却は、一般の会社のM&Aと同じ感覚では進みません。価格や条件より先に、「誰が運営しているか」と「どの種類の保育施設か」で、使える手法が決まってしまうからです。
株式会社が運営する園なら株式譲渡で認可ごと引き継げます。社会福祉法人の園には株式がなく、株式譲渡という選択肢そのものがありません。認可外保育施設は届出制なので、認可保育所より手続きは軽くなります。
加えて、保育園には業種固有の論点が3つあります。自治体の認可をどう引き継ぐか、保育士の配置基準を引き継ぎの日にも満たせるか、施設整備の補助金で建てた建物を動かしてよいか、です。この記事では、引き継げるもの・引き継げないものを判定表にし、運営法人ごとの手法、保育士と補助金の注意点、売る前のチェックリストを整理します。
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保育園のM&Aは認可保育所・認可外・小規模保育で進め方が変わる
最初に確認するのは、売り手の園がどの種類の施設で、どの法人が運営しているかです。
| 施設の種類 | 設置・運営の根拠 | 誰の手続きか | M&Aでの重さ |
|---|---|---|---|
| 認可保育所 | 都道府県知事(指定都市・中核市は市長)の認可(児童福祉法第35条第4項) | 都道府県・市、給付の確認は市町村 | 重い。運営者が変わるなら認可を取り直す |
| 小規模保育・家庭的保育など(地域型保育事業) | 市町村長の認可(児童福祉法第34条の15第2項) | 市町村 | 中程度。市町村との調整が中心 |
| 認可外保育施設 | 事業開始から1か月以内に都道府県知事へ届出(児童福祉法第59条の2) | 都道府県・市 | 軽い。届出と変更届が中心 |
| 企業主導型保育施設 | 国の助成制度に基づく認可外保育施設 | 助成の実施機関 | 助成の条件を事前に確認する |
認可保育所の運営者に求められる基準は、児童福祉法第35条第5項に並んでいます。経営に必要な経済的基礎があること、経営担当役員が社会的信望を有すること、実務を担う幹部職員が社会福祉事業の知識・経験を持つこと、そして欠格事由に当たらないことです。事業譲渡や合併で運営者が変わるときは、買い手がこの審査を受ける側になります。
認可保育所の多くは、施設型給付を受けるために市町村の「確認」(子ども・子育て支援法)も受けています。運営者が変わる手法では、認可と確認の両方を買い手の名義で取り直すと考えておきます。
保育園のM&Aで引き継げるもの・引き継げないもの(判定表)
○は手続きなしで続く、△は認可・承認・届出・同意が要る、×は引き継げない(買い手が取り直す)、という意味です。株式会社が運営する認可保育所を前提にしています。
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 | 合併 |
|---|---|---|---|
| 保育所の認可 | ○ 運営法人は変わらない。役員の変更などは自治体へ届出 | × 買い手が新たに認可を受け、売り手は廃止の承認を受ける | △ 自治体と事前に協議。社会福祉法人同士の合併は存続法人が承継 |
| 施設型給付の確認(市町村) | ○ そのまま | × 買い手が新たに確認を受ける | △ 市町村と事前に協議 |
| 認可外保育施設の届出 | ○ 設置者の名称などが変われば1か月以内に変更届 | × 買い手が開始から1か月以内に届出、売り手は廃止届 | △ 変更届または新規届出 |
| 保育士・職員 | ○ そのまま | △ 一人ひとりの同意を得て買い手が雇用(民法第625条) | ○ 包括承継 |
| 在園児と保護者との利用関係 | ○ そのまま | △ 自治体・保護者への説明と、契約の切り替えが必要 | ○ 包括承継 |
| 補助金で整備した建物・設備 | ○ 法人に残る(ただし補助の条件は引き継がれる) | △ 財産処分の承認が要り、返還を求められることがある | △ 補助の実施者へ事前に確認 |
| 賃借している園舎・土地 | △ 契約に支配権変更の条項があれば貸主の承諾 | △ 貸主の承諾が必要 | △ 契約の条項を確認 |
判定表で分かるとおり、株式会社が運営する園なら、株式譲渡がいちばん手続きの少ない手法です。認可も確認も運営法人のものなので、株主が変わっても園の運営は止まりません。
ただし「手続きなし」は「何もしなくてよい」という意味ではありません。役員が入れ替わると、新しい役員が欠格事由に当たらないかが問われ、自治体への届出も要ります。自治体によっては、株主の変更そのものについて事前の相談を求めているところもあります。契約の前に、所管の保育課へ相談しておくのが実務です。
社会福祉法人の保育園は株式譲渡できない
社会福祉法人には株式も出資持分もありません。そのため、社会福祉法人が運営する保育園を「株を買って引き継ぐ」ことはできません。使える手法は次のとおりです。
| 手法 | 中身 | 注意点 |
|---|---|---|
| 合併 | 社会福祉法人同士で合併する。所轄庁の認可が必要(社会福祉法第50条第3項) | 相手は社会福祉法人に限られる。存続法人は行政庁の認可に基づく権利義務も承継する(同条第2項) |
| 事業譲渡 | 保育所の運営を別の法人へ移す | 買い手が新たに認可を受ける。基本財産の処分には所轄庁の手続きが要る |
| 理事・評議員の交代 | 法人はそのまま、役員の構成を入れ替える | 経営を引き継ぐ実質はあるが、対価を払って法人を「買う」形にはできない |
特に誤解が多いのが3つめです。社会福祉法人の理事・評議員を入れ替えることで経営を引き継ぐことはできますが、前の理事長に法人の対価を払うことはできません。社会福祉法人の財産は持分として誰かに帰属していないからです。解散した場合も、残余財産は定款で定めた者(社会福祉法人など)に帰属し、処分されない財産は国庫に入ります(社会福祉法第47条)。
株式会社が社会福祉法人の保育園を引き継ぎたい場合は、事業譲渡で保育所の運営だけを移し、株式会社として新たに認可を受ける形になります。その際、社会福祉法人が補助金で建てた園舎を譲り受けられるかが、次の論点になります。
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保育士の配置基準と人員の引き継ぎ
保育所には保育士・嘱託医・調理員を置く必要があり、保育士の数は子どもの年齢ごとに決まっています(児童福祉施設の設備及び運営に関する基準第33条)。
| 子どもの年齢 | 保育士1人あたりの子どもの数(基準) |
|---|---|
| 0歳(乳児) | おおむね3人 |
| 1歳・2歳 | おおむね6人 |
| 3歳 | おおむね15人 |
| 4歳以上 | おおむね25人 |
3歳の15人、4歳以上の25人は、令和6年度に20人・30人から改められた基準です。改正前の基準で運営することを当分の間認める経過措置があるため、売り手の園がどちらの基準で配置しているかを確認します。1歳の5人対1人は、基準の改正ではなく、公定価格の加算で進められている改善です。
M&Aで問題になるのは、引き継ぎの日にこの基準を1日も欠かさず満たせるかです。保育士は資格者でなければ数に入らないため、引き継ぎを機に数人が辞めるだけで、基準を割り込むことがあります。
- 事業譲渡では、職員は自動では移りません。一人ひとりの同意を得て、買い手と雇用契約を結び直します
- 株式譲渡でも、経営者の交代を理由に退職する保育士は出ます。園長・主任が残るかどうかは、価格より先に確認します
- 処遇改善等加算を受けている園では、賃金改善の計画と実績の書類が引き継ぎ対象になります
保育士の採用が難しい地域では、「何人の保育士が残るか」がそのまま園の価値です。基本合意の前後で園長と主任に話を通し、クロージングの日に配置基準を満たせる名簿を作っておきます。
施設整備補助金の返還リスクと財産処分の承認
保育園の建物や設備は、国や自治体の施設整備補助金で整備されていることが多くあります。補助金で取得した財産は、承認を受けずに、補助の目的に反して使ったり、譲渡・交換・貸付・担保提供したりしてはいけないと定められています(補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律第22条)。
M&Aで問題になるのは次の場面です。
| 場面 | 何が起きるか |
|---|---|
| 事業譲渡で園舎を買い手へ移す | 財産処分の承認が必要。補助金の一部の返還を求められることがある |
| 園舎を売却して買い手は賃借で運営する | 同上。用途が保育のままかどうかで扱いが変わる |
| 株式譲渡で運営法人ごと移る | 財産は法人に残るので処分には当たりにくいが、補助の条件(保育に使い続ける期間など)は引き継がれる |
| 買い手が園を閉じて別の用途に使う | 目的外の使用となり、返還の対象になり得る |
返還額は、補助を受けてからの経過年数や処分の方法によって変わります。売り手が見積もるのは難しいので、補助金の交付決定通知と条件を買い手に開示し、所管の自治体に処分の扱いを確認するのが先です。この確認をせずに価格を決めると、クロージング後に返還が発生し、どちらが負担するかで揉めます。
計算例:補助金の返還を価格に織り込む
事業譲渡で園舎ごと引き継ぐ場合の考え方を、仮の数字で示します。返還額は自治体の判断で決まるので、ここでは「返還の見込み額」として扱います。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 事業の評価額(園舎・備品・のれん) | 1億円 |
| 補助金返還の見込み額(自治体に確認した概算) | 1,500万円 |
| 返還を売り手が負担する場合の受取額 | 8,500万円 |
| 返還を買い手が負担する場合の受取額 | 1億円(買い手の実質負担は1億1,500万円) |
どちらが負担するかは交渉で決まりますが、負担者と、返還額が見込みを超えたときの精算方法を契約に書いておくことが欠かせません。
保育園を売る前のチェックリスト
- [ ] 施設の種類(認可保育所・地域型保育・認可外・企業主導型)と、運営法人の種類(株式会社・社会福祉法人・学校法人など)
- [ ] 認可書・確認の通知と、直近の指導監査の結果
- [ ] 年齢別の在園児数と保育士数、配置基準(改正後・経過措置のどちらか)
- [ ] 園長・主任・保育士の残留の意思
- [ ] 施設整備補助金の交付決定通知と、処分の制限期間
- [ ] 園舎・土地が自己所有か賃借か。賃貸借契約の支配権変更条項
- [ ] 処遇改善等加算の計画・実績の書類
- [ ] 所管の自治体への事前相談の時期
まずは「自分の会社がいくらか」を知るところから
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よくある質問
Q. 株式譲渡なら自治体に何も言わなくてよいですか。
認可は運営法人に付いているので、株主が変わっても認可は続きます。ただし役員が変われば届出が要り、新しい役員が欠格事由に当たらないかも見られます。自治体によっては事前の相談を求めているので、契約前に保育課へ相談するのが安全です。
Q. 社会福祉法人の理事長が引退するとき、法人を売ることはできますか。
社会福祉法人には持分がないため、対価を受け取って法人を売ることはできません。別の社会福祉法人との合併や、理事・評議員の交代で経営を引き継ぐ形になります。引退する理事長が受け取れるのは、規程に基づく役員退職金などに限られます。
Q. 保護者にはいつ伝えればよいですか。
自治体との協議で手続きの見通しが立ち、運営が途切れないことを説明できる段階で伝えます。運営者が変わる事業譲渡では、保護者への説明会を自治体と相談して開くのが一般的です。
まとめ
保育園のM&Aは、運営法人の種類で手法が決まり、保育士が残るかで価値が決まる取引です。
株式会社の園は株式譲渡で認可ごと引き継げる。社会福祉法人の園には株式がなく、合併か事業譲渡になる。事業譲渡では認可と確認を買い手が取り直し、補助金で建てた建物は財産処分の承認が要る。
価格の交渉より先に、所管の自治体への相談、保育士の残留、補助金の条件の3つを確かめてください。
参考
- 児童福祉法(第34条の15・第35条・第59条の2)https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000164
- 児童福祉施設の設備及び運営に関する基準(第33条)https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100063
- 社会福祉法(第47条・第50条)https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC0000000045
- 補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(第22条)https://laws.e-gov.go.jp/law/330AC0000000179
- こども家庭庁「保育提供体制の強化(職員配置基準の改善等)」https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/e4b817c9-5282-4ccc-b0d5-ce15d7b5018c/a0a8d8e1/20251029_policies_hoiku_172.pdf
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
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