歯科医院を手放すとき、相談の入口は「居抜きで貸したい」か「承継したい」に分かれる。この2つは似た言葉で語られるが、引き継げるものの範囲がまったく違う。
範囲が違えば、対価も、手続きも、患者への影響も変わる。この記事では何が分かれ目になるのかを整理する。
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居抜きと承継の違い
| 居抜き | 事業承継(M&A) | |
|---|---|---|
| 引き継ぐもの | 内装・ユニット・設備 | 上記+患者・カルテ・スタッフ・診療の継続性 |
| 保険医療機関の指定 | 新規に申請 | 開設者が変わる場合は原則あらためて手続き |
| 患者 | 引き継がれない | 継続を前提とする |
| スタッフ | 原則いったん退職 | 雇用の継続を条件にすることが多い |
| 対価 | 主に設備・造作の価値 | 設備+営業権(のれん) |
居抜きは「箱を渡す」、承継は「診療を渡す」。 対価の差はここから生まれる。
長年通っている患者と、勤続の長い歯科衛生士が残るなら、それは箱にはない価値である。逆に、患者が減り続けていてスタッフも定着していない医院は、居抜きに近い評価にならざるを得ない。
歯科だけに効く4つの制約
① 診療は歯科医師しかできない
医院を譲り受けても、診療できるのは歯科医師だけである。買い手は次のいずれかになる。
- すでに歯科医院を運営しているグループ(歯科医師を配置できる)
- 開業を目指す個人の歯科医師(本人が診療する)
- 医療法人(歯科医師が理事長)
一般の事業会社が単独で買うことはできない。買い手の母集団が最初から限られるのが、他業種との最大の違いになる。
② 保険医療機関の指定
歯科医院は健康保険法にもとづく保険医療機関の指定を受けて保険診療を行っている。
開設者が変わる場合、原則としてあらためて手続きが必要になる。個人開設から別の個人へ譲る場合は、廃止と新規開設の届出を行うのが一般的である。
🔴 ここで空白が生じると、その期間の保険診療ができない。 譲渡日と手続きの日程を先に確認する。取扱いは自治体・地方厚生局によって異なるため、検討段階で管轄へ確認するのが最も確実である。
③ ユニットと設備の年式
歯科は設備投資の比重が大きい。診療ユニット、レントゲン、CT、滅菌器の年式と状態が、そのまま買い手の初期投資額に跳ね返る。
- ユニットが古く総入れ替えが必要 … 買い手の投資が数千万円規模になり、対価は下がる
- 主要設備が更新済み … 買い手はすぐ診療を始められ、評価は上がる
「更新を先送りしたまま譲る」と、その分は対価から差し引かれる。 更新の判断は、譲る時期の判断と切り離せない。
④ 自費比率
歯科は保険診療と自費診療の比率が医院ごとに大きく違う。矯正、インプラント、審美が中心の医院と、保険中心の医院では、引き継げる収益構造が別物になる。
買い手側から見ると次の点が問題になる。
- 自費の売上が院長個人の技術・信頼に紐づいている場合、承継後に維持できない
- 保険中心の医院は、患者数がそのまま引き継がれやすい
自費比率が高い医院ほど、院長が一定期間残って引き継ぐ条件が価格に効いてくる。
契約で詰める項目
① 居抜きか承継か
上の表のとおり、引き継げる範囲で決まる。患者とスタッフが残る見込みがあるなら承継、なければ居抜きが現実的である。
② 引き継ぎ期間
自費比率が高い、または患者の指名が強い医院ほど、院長が残る期間が長いほど承継後の減少を抑えられる。半年〜1年を求められることがある。
③ スタッフの雇用
歯科衛生士・歯科助手・受付の雇用を継続するかを契約で定める。公表のタイミングで離職が起きると、承継の前提が崩れるため、契約が固まる直前に、院長と譲受側の双方から説明するのが一般的である。
④ カルテの扱い
診療録は歯科医師法により5年間の保存義務がある。開設者が変わる場合の引き継ぎ方法(同意の取得を含む)は、患者の個人情報の取扱いにも関わるため、手続きを事前に確認しておく。
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居抜きに落ちる医院・承継まで持っていける医院
次のいずれかに当てはまる場合、閉院のほうが現実的なこともある。
- 賃借物件で、契約の承継が貸主から認められない
- ユニットを含む主要設備の更新が長く止まっている
- 診療圏に競合が増え、患者数の回復が見込めない
一方、次があれば譲れる可能性が高い。
- 歯科衛生士が定着している
- カルテが整理・電子化されている
- 主要設備が更新済み、または年式が新しい
- 院長が引き継ぎ期間に残れる
閉院を選ぶと、原状回復、設備の処分、スタッフへの対応で費用が出ていく。入るか出ていくかの差が、判断材料としては最も大きい。
よくある質問
居抜きと承継では、対価はどのくらい違いますか。
引き継ぐ範囲が異なるため一律には示せません。居抜きは主に設備・造作の価値、承継はそれに営業権が加わります。患者数の推移、スタッフの定着、自費比率によって評価が変わります。
保険医療機関の指定は引き継げますか。
開設者が変わる場合は、原則としてあらためて手続きが必要です。取扱いは自治体・地方厚生局により異なるため、検討段階で管轄にご確認ください。
スタッフにはいつ伝えるべきですか。
契約が固まる直前が一般的です。早すぎると不確実な段階で不安が広がり、遅すぎると引き継ぎの準備期間が取れません。
検討を始めるのに適した時期はありますか。
設備更新の判断を迫られる前がひとつの目安です。更新を先送りしたまま譲ると、その分が対価から差し引かれます。
まとめ
歯科医院を譲るときの判断は、引き継げる範囲で決まる。
- 居抜き … 箱を渡す。対価は主に設備・造作
- 承継 … 診療を渡す。患者・カルテ・スタッフが残り、営業権が乗る
歯科に固有の論点は4つ。診療は歯科医師しかできない/保険医療機関の指定は原則あらためて手続きが要る/ユニットの年式が対価に直結する/自費比率が高いほど院長の残留期間が効く。
そして設備更新の先送りは、そのまま対価の目減りになる。譲る時期を決めることと、更新の判断は切り離せない。
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出典
- 健康保険法
- 歯科医師法
- 医療法
※ 本記事は2026年9月時点の情報にもとづきます。行政手続きは自治体・地方厚生局により取扱いが異なるため、実際の検討にあたっては管轄にご確認ください。
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部
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