医院を次の世代に引き継ぐとき、多くの院長がつまずくのは相手探しではありません。自分の医院が「個人開設」か「医療法人」かで、手続きがまったく別物になることを、動き出してから知るケースです。
個人開設の医院は、承継のときにいったん廃止して、新しく開設し直す扱いになります。医療法人なら、法人はそのまま残して中の人が入れ替わります。この差が、必要な期間・患者への影響・引き継げるものの範囲を大きく変えます。
この記事では、公的データで医院の構成を確認したうえで、どちらの形なら何が起きるのかを整理します。
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医院の40.7%は個人開設のまま
厚生労働省 関東信越厚生局が公開している「保険医療機関・保険薬局の指定状況(コード内容別一覧表)」から、関東信越10都県の現存する診療所33,971件を集計しました。
| 開設の形態 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 個人開設とみられる | 13,828件 | 40.7% |
| 医療法人ほか | 20,143件 | 59.3% |
4割の医院が個人開設のままです。開業時に法人化せず、そのまま続けてきた医院が相当数あります。
そして承継期に入っている医院は次のとおりです。
| 指定からの経過年数 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 20〜29年 | 7,458件 | 22.7% |
| 30〜39年 | 3,284件 | 10.0% |
| 40年以上 | 958件 | 2.9% |
30年以上が4,242件。さらに、指定から30年以上が経過し、かつ常勤医が1人の診療所が2,970件あります。この層は、院長が退いた時点で医院が止まります。
個人開設の承継は「廃止と新規開設」になる
ここが最大の分岐点です。
個人開設の医院は、開設者である医師個人に許可が紐づいています。承継する場合、前の院長が廃止届を出し、新しい院長が開設届を出す。保険医療機関の指定も取り直しになります。
この形で起きることは3つあります。
① 保険診療にいったん切れ目が生じる
指定の効力は開設者ごとです。手続きの日程を合わせないと、保険診療ができない期間が発生します。患者への周知と、レセプト請求の切り替えを含めて日程を組む必要があります。
② 引き継げないものが出る
| 引き継げる | 引き継ぎに手続きがいる |
|---|---|
| 建物・医療機器(売買・賃貸借) | 保険医療機関の指定(取り直し) |
| スタッフ(再雇用の形をとる) | 各種の施設基準の届出 |
| 患者のカルテ(同意の整理が必要) | 麻薬施用者・生活保護指定などの各種指定 |
施設基準を多く届け出ている医院ほど、取り直しの手間が増えます。
③ 屋号や電話番号は引き継げるが、法人格は無い
医院名と電話番号は継続できます。ただし「法人を買う」形にはならないため、譲渡の対象は個々の資産と営業権になります。
医療法人なら、法人を残したまま引き継げる
医療法人の場合、法人が開設者です。したがって承継は法人の中の人が入れ替わる形になります。
- 理事長・理事の変更(社員総会と登記)
- 出資持分がある法人(2007年3月以前設立)なら、持分の譲渡
- 持分なし法人(2007年4月以降設立)なら、社員の入れ替えと理事の交代
保険医療機関の指定は法人に紐づいているため、取り直しは不要です。施設基準も原則そのまま残ります。診療の切れ目が生じません。
ただし注意が2つあります。
出資持分の有無で評価がまったく変わります。持分あり法人は持分そのものに財産的価値があり、譲渡価格の対象になります。持分なし法人には持分が存在しないため、「法人を売る」という形が取れません。役員の交代と、退職金による精算が中心になります。
負債も一緒に引き継ぎます。法人ごと引き継ぐということは、借入金・未払金・係争中の案件もそのまま移るということです。個人開設の事業譲渡なら、引き継ぐ資産を選べます。
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承継の3つの相手と、選ぶ条件
相手は3通りです。どれが良いという順位はなく、条件で決まります。
親族に承継する ── 後継者が医師で、時期が合う場合
引き継ぎコストが最も低く、患者・スタッフの動揺も小さい形です。
成立する条件は厳しく、後継者が医師免許を持ち、その診療科を継ぐ意思があり、タイミングが合うことが必要です。勤務医としてキャリアを積んでいる場合、大学や基幹病院を離れる時期の調整に数年かかります。
個人開設なら「廃止と新規開設」、医療法人なら役員変更。同じ親族承継でも、手続きの重さが違います。
院内の医師に承継する ── 勤務医が定着していて、資金の目処がある場合
すでに医院を知っている医師が継ぐため、診療の継続性が最も高い形です。患者にとっても変化が小さい。
条件は資金です。後継者となる勤務医が、医院の資産や持分を買い取れるか。金融機関の融資が前提になることが多く、医院の収益が返済に耐えるかで実現性が決まります。
第三者に承継する ── 後継者がいないが、医院に価値が残っている場合
近隣の医療法人、独立を考えている勤務医、医療系の事業会社などが相手になります。
成立する条件は「医師個人から切り離せる価値」があることです。立地、患者基盤、継続勤務するスタッフ、医療機器。逆に、院長個人の評判だけで成り立っている医院は、承継後に患者が離れます。
そもそも承継しない ── 引き継げる価値が残っていない場合
次に当てはまるなら、廃業が合理的です。
- 患者の大半が院長個人を目的に来ている
- 賃借物件で、原状回復費用が資産価値を上回る
- 院長の健康上の理由で、引き継ぎ期間を確保できない
廃業は失敗ではありません。ただし廃止届・医療機器の処分・原状回復・スタッフの退職手続き、そしてカルテの保存義務(診療完結の日から5年間)があります。これらを見込んでください。
準備はいつから始めるか
| 承継の形 | 準備期間の目安 | 律速になるもの |
|---|---|---|
| 親族承継 | 3〜5年 | 後継者のキャリア調整 |
| 院内承継 | 2〜3年 | 資金調達 |
| 第三者承継 | 1〜2年 | 相手探し |
| 個人 → 医療法人化 | 6か月〜1年 | 認可の手続き |
医療法人化を先にやるかどうかが判断の分かれ目になります。個人開設のまま第三者承継に進むと、買い手は指定の取り直しを引き受けることになり、その分だけ条件が下がります。
事業承継全般では、中小企業庁の資料によれば中小企業の経営者の平均年齢は60.7歳(2024年)で、60歳以上が過半数です。承継の形も変わりつつあり、2025年には「内部昇格」が「同族承継」を上回りました。親族に継がせるのが当たり前という前提は、すでに崩れています。
厚生労働省の統計では、診療所に従事する医師の70歳以上が25.4%を占めます。準備期間を逆算すると、60代前半には方向を決めておく必要があります。
よくある質問
Q. 個人開設のまま第三者に承継できますか。
できます。形式は事業譲渡になり、買い手が保険医療機関の指定を取り直します。手続きが増えるぶん、医療法人と比べて条件面で不利になることがあります。
Q. 医療法人化してから承継したほうがよいですか。
承継までに2年以上あるなら検討する価値があります。ただし法人化には認可の手続きと運営コストがかかり、承継が1年以内に迫っている場合は、法人化を待つより現状のまま進めたほうが早いことが多くあります。
Q. 持分なし法人は承継できませんか。
できます。ただし「持分を売る」形にはならず、役員の交代と退職金による精算が中心になります。評価の考え方が持分あり法人とはまったく違うので、早い段階で整理しておいてください。
Q. スタッフの雇用はどうなりますか。
個人開設の承継ではいったん退職・再雇用の形をとることが一般的です。医療法人の承継では雇用契約が継続します。看護師や医療事務が残ることは、承継する側にとって価値があるため、条件に含めることが多くあります。
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まとめ
- 診療所の40.7%が個人開設。この場合、承継は「廃止と新規開設」になり、保険医療機関の指定を取り直す
- 医療法人なら法人を残したまま引き継げるが、負債も一緒に移る。持分の有無で評価がまったく変わる
- 関東信越だけで、指定から30年以上かつ常勤医1人の診療所が2,970件ある
- 相手は親族・院内の医師・第三者の3通り。優劣ではなく、後継者の有無・資金・引き継げる価値で決まる
- 引き継げる価値が無いなら廃業も正しい選択。ただしカルテの5年保存を含めた費用を見込む
- 承継まで2年以上あるなら医療法人化を検討する価値がある。1年以内なら、現状のまま進めるほうが早い
参考
- 厚生労働省 関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の指定状況(コード内容別一覧表)」(本記事の診療所33,971件の集計はこの公開データによる)
- 厚生労働省「医療法人・医業経営のホームページ」
- 厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」
- 中小企業庁「事業承継・M&Aに関する現状分析と今後の取組の方向性について」
- 中小企業庁「事業承継」
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部
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