M&Aを活用した「役員退職金」の適正額計算シミュレーション&株主総会議事録の雛形・例文

M&Aで会社を譲渡するとき、オーナー経営者が受け取る対価には2つの経路があります。株式の譲渡代金として受け取るか、退任にあたっての役員退職金として受け取るかです。同じ総額でも、この配分によって手取り額は大きく変わります。

「退職金で受け取れば税金が安くなる」という説明を耳にした経営者は多いでしょう。これは半分正しく、半分は不正確です。退職金が有利になる金額帯は存在しますが、支給額を大きくしすぎると逆転します。さらに、金額の妥当性を説明できなければ、税務上の否認リスクを抱えることになります。

本稿では、税負担の仕組みを比較したうえで、功績倍率法による適正額の計算方法をシミュレーションで示し、支給に必要な株主総会議事録の雛形まで掲載します。

なお、税務の最終判断は必ず顧問税理士に確認してください。本稿は検討の前提を整理するための実務メモです。

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目次
  1. 会社売却で役員退職金を活用した節税対策により手取りが増える理由(税金比較)
    1. 退職金にかかる税金は3段階で軽くなる
    2. 株式譲渡益との税率比較
    3. シミュレーション:どこで有利・不利が逆転するか
    4. 会社側のメリットと価格交渉(買い手視点)の注意点
  2. M&Aにおける役員退職金の適正額計算方法|功績倍率法によるシミュレーション
    1. 功績倍率法とは
    2. 功績倍率の目安
    3. 最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率の具体的な計算例
    4. 最終月額報酬が低いときの注意点
    5. 退職金の受け取りタイミングとM&A契約
  3. 【そのまま使える】役員退職金を支給するための「株主総会議事録」雛形・例文
    1. 支給基準を取締役会に一任する場合の文面
    2. あわせて整備しておきたい書類
  4. 税務署から否認されないための3つの注意点
    1. 注意点1:金額の根拠を書面で残す
    2. 注意点2:「実質的に退職したか」が問われる
    3. 注意点3:直前の報酬引き上げ・不自然な設計を避ける
  5. まとめ

会社売却で役員退職金を活用した節税対策により手取りが増える理由(税金比較)

退職金にかかる税金は3段階で軽くなる

役員退職金が税制上優遇されている理由は、3つの仕組みが重なるためです。

① 退職所得控除
勤続年数に応じて、一定額が課税対象から差し引かれます。

勤続年数 退職所得控除額
20年以下 40万円 × 勤続年数(最低80万円)
20年超 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)

勤続30年なら、800万円 + 70万円 × 10年 = 1,500万円が控除されます。

② 課税対象が2分の1になる
退職所得の金額は、次の式で計算します。

課税退職所得金額 =(退職金の額 − 退職所得控除額)× 1/2

③ 分離課税
退職所得は、給与や事業所得と合算されず、単独で税額が計算されます。同じ年に株式譲渡益があっても、そこに上乗せされて税率が跳ね上がることはありません。

ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の場合、②の「1/2」は適用されません(特定役員退職手当等)。M&Aの直前に役員に就任した親族へ退職金を出す、といった設計は税務上通用しません。詳細な判定基準は国税庁:退職金と課税をご確認ください。

もう一点、2026年(令和8年)1月から適用されている改正にも注意したいところです。iDeCoや企業型DCの一時金を受け取った後に退職金を受け取る場合、退職所得控除が調整される期間が、従来の「前年以前4年内」から「前年以前9年内」へ拡大されました(いわゆる5年ルールから10年ルールへの見直し)。iDeCoを先に一時金で受け取っているオーナーは、控除額が満額使えない可能性があります。受給の順序とタイミングは、必ず顧問税理士に確認してください。

株式譲渡益との税率比較

一方、個人株主が株式を譲渡して得た利益には、一律20.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)が課されます。金額がいくら大きくても税率は変わりません。

つまり比較は、「一律20.315%」対「控除と1/2の後に累進税率」という構図になります。

シミュレーション:どこで有利・不利が逆転するか

勤続30年(退職所得控除1,500万円)のオーナーを前提に、退職金の額別に実効税率を見てみます。

退職金の額 課税退職所得 税額(所得税+住民税の概算) 実効税率
3,000万円 750万円 約186万円 約6.2%
5,000万円 1,750万円 約608万円 約12.2%
8,000万円 3,250万円 約1,367万円 約17.1%
1億円 4,250万円 約1,888万円 約18.9%
1億2,000万円 5,250万円 約2,447万円 約20.4%
2億円 9,250万円 約4,685万円 約23.4%

※所得税の速算表および住民税10%を用いた概算。復興特別所得税を含む。実際の税額は個別事情により異なります。

この表が示すのは明快な事実です。退職金が3,000万円前後であれば実効税率は6%台にとどまりますが、1億1,000万〜1億2,000万円のあたりで株式譲渡益の20.315%を上回り、それ以上では退職金のほうが重くなります。

「退職金で受け取れば必ず得」ではありません。退職所得控除と1/2の効果が効く範囲に収めることが、設計の要点になります。

会社側のメリットと価格交渉(買い手視点)の注意点

役員退職金は、適正額の範囲であれば法人の損金に算入されます。法人税等の負担が減るため、買い手企業にとっても買収後の税負担を軽減できるという実質的なメリットがあります。

一方で、退職金の原資は対象会社から流出するため、その分だけ会社の純資産が減少し、株式の評価額(譲渡代金)は下がるのが通常です。買い手との交渉では、「株式譲渡代金 + 役員退職金 = オーナーが受け取る総対価」という概念で全体枠を固定したうえで、配分率を協議することになります。

したがって、勝手に退職金額を決めて支給することはできず、M&A最終契約書(SPA)において「支給額」「支給時期」「原資の負担方法」を明記し、買い手の事前承認を得る実務プロセスが不可欠です。

なお、基準所得金額が極めて高額(3.3億円超)となる場合には、いわゆるミニマムタックス(極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置)の適用対象となりえます。大型案件では、この点も含めた試算が必要です。

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M&Aにおける役員退職金の適正額計算方法|功績倍率法によるシミュレーション

功績倍率法とは

法人税法では、役員退職給与のうち「不相当に高額な部分」は損金に算入できないと定められています。では、いくらまでが相当なのでしょうか。この判断のために実務で広く用いられているのが功績倍率法です。

役員退職金の適正額 = 最終月額報酬 × 役員在任年数 × 功績倍率

重要な前提として、功績倍率法は法令に直接定められた計算方法ではありません。過去の裁判例や税務実務の積み重ねの中で、合理的な算定方法として広く受け入れられてきたものです。したがって「この式で計算したから絶対に否認されない」という保証はありません。あくまで、金額の合理性を説明するための根拠のひとつです。

功績倍率の目安

功績倍率は役職に応じて設定するのが一般的で、実務上は次の水準が用いられることが多くなっています。

役職 功績倍率の目安
代表取締役社長 2.0〜3.0
専務取締役 2.0〜2.5
常務取締役 1.5〜2.5
取締役 1.5〜2.0
監査役 1.0〜1.5

代表取締役で3.0が上限の目安とされることが多いですが、これも法令上の基準ではありません。過去の裁判例で3.0前後が是認された事例が多いことから、実務上の慣行として定着している数値です。

最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率の具体的な計算例

▼ ケース1:標準的な中小企業のオーナー社長

  • 最終月額報酬:100万円
  • 役員在任年数:30年
  • 功績倍率:3.0
  • 計算式:100万円 × 30年 × 3.0 = 9,000万円

▼ ケース2:報酬を低めに設定していたケース

  • 最終月額報酬:50万円
  • 役員在任年数:25年
  • 功績倍率:3.0
  • 計算式:50万円 × 25年 × 3.0 = 3,750万円

▼ ケース3:功労加算を上乗せする場合
創業者や、特別な功績があった役員には、功労加算金を上乗せする実務があります。ただし、上乗せ幅は本来の退職金額の30%程度が上限の目安とされています。

  • 基本額:100万円 × 30年 × 3.0 = 9,000万円
  • 功労加算(30%):2,700万円
  • 合計:1億1,700万円

功労加算を行う場合は、具体的な功績の内容を議事録に記載することが欠かせません。「創業者であるため」だけでは説明として弱く、事業規模の拡大実績、無報酬期間の存在、個人保証の負担といった具体的事実を挙げる必要があります。

最終月額報酬が低いときの注意点

功績倍率法は最終月額報酬を基礎とするため、役員報酬を意図的に下げていたケースでは、算定額が実態に見合わない小さな額になります。この場合、次のような対応が検討されます。

  • 1年平均額法:在任期間中の報酬の平均額を基礎とする方法
  • 同業類似法人の比較:同規模・同業種の企業における退職金水準を根拠とする

いずれの方法も、根拠資料を残しておくことが前提となります。逆に、M&Aの直前に役員報酬を大幅に引き上げて退職金の算定基礎を膨らませるのは、典型的な否認リスクの高い行為です。

退職金の受け取りタイミングとM&A契約

M&Aで役員退職金を支給する場合、クロージング前に旧オーナーの会社が支給する形と、クロージング後に新体制の下で支給する形があります。原資の負担者と、損金算入のタイミングが変わるため、どちらの形にするかは最終契約の交渉事項になります。

いずれにしても、支給額と支給時期はM&A最終契約書(SPA)に明確に盛り込む必要があります。「後で退職金を出す」という口約束は、経営権が移った後に実行される保証がありません。M&A契約の詳細はジョブカンM&Aのサービス詳細もあわせてご確認ください。

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【そのまま使える】役員退職金を支給するための「株主総会議事録」雛形・例文

役員退職金の支給には、定款の定めまたは株主総会の決議が必要です(会社法361条・387条)。議事録が残っていないと、支給の根拠を欠くことになり、税務上も否認の材料となります。

また、M&Aの株式譲渡においては、クロージング日までにこの株主総会決議を完了させることが誓約事項(コベナンツ)とされるのが一般的です。

以下は、支給額を株主総会で確定する場合の雛形です。

        臨時株主総会議事録

1.日  時  令和〇年〇月〇日 午前〇時〇分から午前〇時〇分まで
2.場  所  当会社本店会議室(〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号)
3.出席者等
   発行済株式の総数             〇〇〇株
   議決権を行使することができる株主の総数    〇名
   議決権を行使することができる株主の議決権の数 〇〇〇個
   出席株主数(委任状によるものを含む)     〇名
   出席株主の議決権の数           〇〇〇個
   出席役員 代表取締役 〇〇 〇〇
        取締役   〇〇 〇〇
        監査役   〇〇 〇〇

4.議長  代表取締役 〇〇 〇〇

 定刻、代表取締役〇〇〇〇は議長席に着き、本総会は定款の定めにより
議長が議事を進行する旨を述べ、上記のとおり定足数に足る株主の出席が
あったので本総会は適法に成立した旨を宣言し、直ちに議案の審議に入った。

第1号議案 退任取締役に対する退職慰労金贈呈の件

 議長は、令和〇年〇月〇日開催の臨時株主総会終結の時をもって
取締役を退任した〇〇〇〇氏に対し、その在任中の功労に報いるため、
退職慰労金を贈呈したい旨を述べ、その額および支給の方法について
次のとおり提案し、議場に諮ったところ、満場異議なくこれを承認可決した。

  記

一、支給対象者  〇〇 〇〇(元代表取締役)
一、在任期間   昭和〇年〇月〇日から令和〇年〇月〇日まで(〇〇年〇か月)
一、支給金額   金〇〇〇,〇〇〇,〇〇〇円
一、算定の根拠  最終報酬月額 金〇,〇〇〇,〇〇〇円
         × 役員在任年数 〇〇年 × 功績倍率 〇.〇
一、功労加算   金〇〇,〇〇〇,〇〇〇円
         (在任中、当社の売上高を〇億円から〇億円へ拡大させ、
          従業員数を〇名から〇名に増加させた功績、および
          創業期において〇年間にわたり無報酬で経営にあたり、
          会社債務につき個人保証を負担した功績を考慮)
一、支給時期   令和〇年〇月〇日
一、支給方法   金銭一括支給(〇〇氏の指定する銀行口座への振込)

 以上をもって本総会の議案の全部を終了したので、議長は閉会を宣言し、
午前〇時〇分散会した。

 上記の決議を明確にするため、この議事録を作成し、
議長および出席取締役がこれに記名押印する。

  令和〇年〇月〇日
        〇〇株式会社 臨時株主総会

        議長・代表取締役  〇〇 〇〇  ㊞
        出席取締役     〇〇 〇〇  ㊞
        出席監査役     〇〇 〇〇  ㊞

支給基準を取締役会に一任する場合の文面

株主総会では総額の上限や基準のみを決議し、具体的な金額や支給時期を取締役会に一任する方式もあります。その場合の決議文例は次のとおりです。

第1号議案 退任取締役に対する退職慰労金贈呈の件

 議長は、令和〇年〇月〇日開催の臨時株主総会終結の時をもって
取締役を退任した〇〇〇〇氏に対し、当社の定める役員退職慰労金規程に基づき、
相当額の範囲内において退職慰労金を贈呈することとし、
その具体的な金額、支給の時期および方法については取締役会に
一任したい旨を述べ、議場に諮ったところ、満場異議なくこれを承認可決した。

この方式を採る場合は、役員退職慰労金規程が整備されていることが前提となります。規程がないまま「取締役会に一任」とすると、支給基準が不明確なものとして扱われかねません。

あわせて整備しておきたい書類

  • 役員退職慰労金規程:算定方法(功績倍率を含む)、功労加算の基準、支給時期を定めたもの
  • 取締役会議事録:具体的金額を決議した場合
  • 退職の事実を示す書類:辞任届、登記簿謄本(役員変更登記の記録)
  • 支払いの記録:振込の控え、源泉徴収の記録
  • 退職所得の受給に関する申告書:受給者が支払者に提出する。これがないと源泉徴収の計算方法が変わり、税負担が重くなります

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税務署から否認されないための3つの注意点

注意点1:金額の根拠を書面で残す

否認事例の多くは、「なぜその金額なのか」を説明できないことに起因します。功績倍率法で計算した過程、功労加算の理由、参考にした同業他社の水準──これらを議事録と算定資料に残しておきます。

特に功労加算は、金額が大きくなるほど説明責任が重くなります。具体的な数字を伴う功績の記述(売上高の推移、従業員数、無報酬期間の年数、個人保証の金額)が有効です。

注意点2:「実質的に退職したか」が問われる

M&A後もオーナーが会社に残るケースは多いです。しかし、退職金を支給しながら実質的に経営を継続していると、退職の事実が否定されるおそれがあります。

分掌変更(代表取締役から非常勤取締役への変更など)に伴って退職金を支給する場合、税務上は「実質的に退職したのと同様の事情」があるかどうかで判断されます。目安としては次の点が挙げられます。

  • 代表権を有していないこと
  • 経営上の主要な意思決定に関与していないこと
  • 報酬が大幅に減少していること(おおむね50%以上の減額が目安とされます)

役職名だけを変えて、実態として経営を続けている状態は認められにくいです。M&A後に顧問や相談役として関与する場合は、業務内容と報酬水準の設計を慎重に行ってください。

注意点3:直前の報酬引き上げ・不自然な設計を避ける

次のような設計は、否認リスクが高くなります。

  • M&A直前に役員報酬を大幅に引き上げる:算定基礎を膨らませる目的とみなされます
  • 勤続年数が短い役員(親族等)への高額支給:役員等勤続5年以下では1/2課税も適用されません
  • 実態のない役員への支給:登記上のみの役員、実際の職務がない親族
  • 議事録を後付けで作成する:日付の整合が取れないと、書類全体の信用が失われます

これらは、いずれもM&Aの検討開始よりも前から準備しておけば避けられるものです。役員報酬の水準、役員構成、退職慰労金規程の整備は、売却を意識した時点で顧問税理士と点検を始めてください。

まずは「自分の会社がいくらか」を知るところから

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まとめ

M&Aにおける役員退職金は、税負担を軽くする万能の手段ではありません。退職所得控除と1/2課税の効果が効く金額帯では有利になりますが、支給額が大きくなるほど累進税率で優位性は薄れます。まずは、株式譲渡代金と退職金の配分を変えた複数パターンで試算し、総額の手取りが最大になる点を探ることが出発点になります。

そのうえで、金額の合理性を功績倍率法で説明できる形に整え、株主総会の決議と議事録を正しく残します。この2つが揃っていれば、税務上の指摘に対して根拠をもって答えられます。

配分の設計は、株式の譲渡価格そのものに影響するため、買い手との交渉テーマでもあります。顧問税理士とM&Aアドバイザーの双方を早い段階で議論に入れることが、結果的に手取りを最大化する近道になります。

ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部

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