「自分の会社はいくらで売れるのか」
M&Aを検討する経営者が最初に知りたいのは、この一点だ。しかし専門家に相談に行くにも、ある程度の相場感がなければ話が合わない。「高い買い手を見つけてほしい」と言っても、自分の会社の価値がわからなければ判断基準がない。
本記事では、M&Aの実務で使われる「EBITDA(イービットダー)×のれん倍率」の計算方法を中心に、中小企業オーナーが自分で概算価格を試算できる手法を解説する。ざっくりとした数字だが、専門家と話す前の「相場感」を持つには十分だ。
まずは「自分の会社がいくらか」を知るところから
ジョブカンM&Aでは、専任アドバイザーが事業価値の簡易査定から成約まで一貫して伴走します。相談は無料。売却・買収のどちらでもお気軽にどうぞ。
企業価値の計算:3つのアプローチ
M&Aにおける企業価値の計算方法は、大きく3種類ある。
| アプローチ | 方法 | 向いているケース |
| インカムアプローチ | 将来の収益力から価値を算出(DCF法・EBITDA倍率法) | 収益が安定している企業 |
| マーケットアプローチ | 類似企業・類似取引の価格を参照 | 上場企業・同業他社の取引事例がある場合 |
| コストアプローチ | 純資産(資産-負債)を基準に評価(純資産法) | 赤字・清算価値を求める場合 |
中小企業のM&Aでは、EBITDA倍率法(インカムアプローチの一種)と純資産法(コストアプローチ)が最もよく使われる。両方を計算して、実際の交渉は間に入ることが多い。
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まず「EBITDA」を計算する
EBITDAとは何か
EBITDAは「Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization」の略で、日本語では「利払い前・税引き前・減価償却前の利益」と訳される。
簡単に言えば、会社の本業での稼ぐ力を示す指標だ。税金の計算方法や借入の多寡、設備投資の規模によって変わらない「純粋な事業の収益力」を見るために使われる。
EBITDAの計算式
EBITDA = 営業利益 + 減価償却費(有形・無形固定資産)
または
EBITDA = 税引き前当期純利益 + 支払利息 + 減価償却費
計算例(決算書から読み取る)
損益計算書から以下の数字を拾う。
| 項目 | 金額 |
| 売上高 | 5億円 |
| 売上原価 | 3億5千万円 |
| 売上総利益 | 1億5千万円 |
| 販管費 | 1億2千万円(うち減価償却費1,000万円) |
| 営業利益 | 3,000万円 |
| 支払利息 | 500万円 |
| 税引き前当期純利益 | 2,500万円 |
EBITDA = 営業利益3,000万円 + 減価償却費1,000万円 = 4,000万円
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「のれん倍率(EBITDAマルチプル)」を業種別に確認する
のれん倍率とは
EBITDAにかける「倍率」を「EBITDAマルチプル(のれん倍率)」と呼ぶ。業種・成長性・競合状況・市場環境によって変わる。
企業価値(EV)= EBITDA × のれん倍率
業種別のおおまかな倍率(2026年市場の目安)
| 業種 | EBITDAマルチプル | 補足 |
| IT・SaaS | 8〜15倍 | 成長性・ストック収益が高く評価される |
| 医療・介護 | 6〜10倍 | 参入障壁・安定需要が評価される |
| 製造業(技術特化) | 5〜8倍 | 独自技術・許認可の有無で変動 |
| 製造業(受託・汎用品) | 3〜5倍 | 競合が多く評価は低め |
| 小売・飲食 | 3〜5倍 | 景気感応度が高く評価は安定しにくい |
| 建設業 | 4〜7倍 | 許認可・職人の有無で変動 |
| 物流・運送 | 4〜7倍 | 2024年物流問題以降、評価が上昇傾向 |
| サービス業(一般) | 3〜6倍 | ストック型収益比率によって変動 |
この倍率はあくまで目安であり、個別の交渉・買い手の戦略・タイミングによって大きく変わる。
計算例(先の4,000万円EBITDAの場合)
業種が製造業(技術特化)でEBITDAマルチプルが5〜8倍の場合:
企業価値(EV)= 4,000万円 × 5倍 = 2億円(下限)
企業価値(EV)= 4,000万円 × 8倍 = 3億2千万円(上限)
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「企業価値(EV)」を「株式価値(エクイティバリュー)」に換算する
EBITDAマルチプル法で算出した「企業価値(EV)」は、会社事業そのものの価値だ。オーナーが実際に受け取る「株式の対価」を計算するには、借入(有利子負債)を引き、手元にある現金や事業に使っていない資産を加える調整が必要になる。
株式価値 = 企業価値(EV) − 有利子負債 + 現金・預金 + 非事業用資産
ここで忘れてはならないのが「非事業用資産」の存在だ。中小企業では節税目的の生命保険(解約返戻金)、遊休不動産、事業と無関係な有価証券などがこれにあたる。これらも会社の財産として株式価値にしっかり上乗せして計算する。
計算例(続き)
| 項目 | 金額 |
| 企業価値(EV) | 2億〜3億2千万円 |
| 借入金(有利子負債) | 8,000万円 |
| 現金・預金 | 2,000万円 |
| 純有利子負債 | 6,000万円 |
株式価値 = 2億円 − 6,000万円 = 1億4,000万円(下限)
株式価値 = 3億2,000万円 − 6,000万円 = 2億6,000万円(上限)
つまり、この会社のオーナーが受け取れる概算の対価は1億4,000万円〜2億6,000万円の範囲になる。
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純資産法でも確認する
EBITDAマルチプル法に加えて、「純資産法」でも確認しておく。
純資産価値 = 総資産 − 総負債(簿価ベース)
ただし簿価と時価が大きく異なる場合は「時価純資産」で再計算する。不動産の含み益や、陳腐化した設備の評価切り下げを反映させる。
時価純資産 = 総資産(時価) − 総負債(時価)
純資産法の位置づけ
補足:中小企業M&Aでよく聞く「年買法」との違い
中小企業のM&Aについて調べると、「会社の価格は『時価純資産 + 営業利益の3〜5年分(のれん代)』で決まる」という説明をよく目にするはずだ。これは年買法(年倍法)と呼ばれる手法である。
本記事で解説した「EBITDAマルチプル法」が事業の収益力(EV)から逆算して株式価値を求めるのに対し、「年買法」は会社の財産(純資産)をベースに、将来の利益を「のれん」として上乗せする。
どちらも「相場感」を掴むためのアプローチだが、自社の規模や想定される買い手によって使い分けられている点だけ覚えておこう。
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「正常化EBITDA」の考え方:実態を正しく反映させる
EBITDAを計算する際に注意が必要なのが、「一時的な費用・収入」の扱いだ。
正常化調整(アドオン)が必要なケース
中小企業のオーナー系企業では、以下のような「実態と異なる費用」が計上されていることがある。
| 調整項目 | 具体例 | 調整の方向 |
| オーナー役員報酬 | 市場水準より高い役員報酬 | 市場水準に引き下げてEBITDAを増やす |
| 親族への高額報酬 | 実態のない親族への人件費 | 除外してEBITDAを増やす |
| 私的費用の混入 | 社用車・接待費の私的利用分 | 除外してEBITDAを増やす |
| 一時的な損失 | 訴訟和解金・自然災害損失 | 除外してEBITDAを増やす |
| 一時的な利益 | 資産売却益・補助金収入 | 除外してEBITDAを減らす |
これらを調整した「正常化EBITDA」を使うと、より実態に即した企業価値の計算ができる。
正常化調整の計算例
営業利益:3,000万円
+減価償却費:1,000万円
= 基本EBITDA:4,000万円
調整①:オーナー役員報酬 3,000万円 → 市場水準1,500万円 = +1,500万円
調整②:親族役員報酬 500万円(実態なし)= +500万円
調整③:一時的な損失(訴訟和解金)= +300万円
正常化EBITDA = 4,000万円 + 1,500万円 + 500万円 + 300万円 = 6,300万円
正常化によってEBITDAが6,300万円になると、企業価値(EBITDAマルチプル5〜8倍)は:
6,300万円 × 5倍 = 3億1,500万円
6,300万円 × 8倍 = 5億400万円
同じ会社でも、正常化調整によって評価額が大きく変わることがわかる。
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自社の概算価格を試算するためのワークシート
以下の手順で計算してみよう。数字は直近3期の平均値(または最新期の実績)を使うとよい。
STEP 1:EBITDAの計算
営業利益: 万円
+ 減価償却費: 万円
= EBITDA: 万円
STEP 2:正常化調整(必要に応じて)
+ オーナー役員報酬の調整: 万円
+ 親族人件費の調整: 万円
+/− 一時的損益の調整: 万円
= 正常化EBITDA: 万円
STEP 3:業種別マルチプルを確認
業種:
想定マルチプル: 〜 倍
STEP 4:企業価値(EV)の計算
正常化EBITDA × マルチプル下限 = 万円
正常化EBITDA × マルチプル上限 = 万円
STEP 5:株式価値への換算
有利子負債(借入金): 万円
現金・預金: 万円
純有利子負債 = 有利子負債 − 現金: 万円
株式価値(下限)= EV下限 − 純有利子負債 = 万円
株式価値(上限)= EV上限 − 純有利子負債 = 万円
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試算結果の読み方と注意点
この計算は「交渉前の相場感」
EBITDA倍率法で算出した数字は、あくまでも参考値だ。実際の売却価格は以下によって大きく変わる。
「高く見せようとする」より「実態を正しく示す」方が得
M&Aの交渉では、買い手がデューデリジェンス(詳細調査)を行う。売り手が意図的に数字を良く見せようとしても、調査で発覚すれば信頼を失い、条件の引き下げや破談につながる。
「正常化調整」は正当な実態の反映であり問題ないが、事実と異なる数字を作ることは逆効果だ。
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まとめ
自社の売却価格を試算するには、以下の手順を踏む。
1. EBITDAを計算する(営業利益+減価償却費)
2. 正常化調整を行う(オーナー報酬・一時損益の除外)
3. 業種別のEBITDAマルチプルを確認する(3〜15倍の範囲)
4. 企業価値(EV)を算出する(EBITDA × マルチプル)
5. 純有利子負債を引いて株式価値を計算する(EV − 純有利子負債)
この計算で出た数字は「概算の相場感」だ。実際に売却を検討するなら、M&A専門家による正式な企業価値評価(バリュエーション)を依頼することが次のステップになる。
まず自分で計算してみることで、「うちはこの程度の価値がある」という感覚を持った上で専門家と話せる。それが、M&Aの検討を現実的に前に進めるための第一歩だ。
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
ジョブカンM&A ジョブカンM&A編集部
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