企業が自社の株を買い戻す「自己株式取得」は、株価の維持または上昇、M&Aの対価やスキーム実行上の少数株主の整理手段などさまざまに活かすことができます。特にM&Aにおいては、資金調達をせずに買収対価とできる点や、買収後の資本政策に直結する重要な論点です。しかし、仕訳や会計処理が難しいため、誤った手続きをおこなわないよう注意する必要があります。そこで今回は、自社株買い(自己株式取得)の仕訳や財務諸表における表示方法などを詳しく解説していきます。
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自己株式取得(自社株買い)とは?
自己株式取得は、呼び名の通り、自社が発行した株式を自ら取得することを意味します。
なお、正式名称である「自己株式取得」の代わりに、「自社株買い」の名称が使われることもあります。
自己株式を取得することは、もともとは、株価操作やインサイダー取引などの不正リスクがあることから、法律によって禁止されていました。しかし、2001年の商法改正によってこの規制が緩和されたことで、自己株式を取得することが可能になりました。そこから5年後の、2006年に制定された会社法においてはさらにルールが緩和されていますが、不正リスクがゼロになったというわけではないため、取得に関して一定の制限は設けられています。なお、制限の内容については後述します。
自己株式を取得する方法
上場企業が自己株式を取得する方法としては、市場を通じて、不特定多数の株主から購入する方法が主流です。
非上場企業が自己株式を取得したい場合、市場で取引することができないため、特定の株主から直接購入することになります。
自己株式を取得する目的
自己株式を取得する目的は、企業によってさまざまです。たとえば、「株主の影響力向上」「株価調整」「株主への利益還元」「従業員・役員の報酬に活用」「株主からの売却ニーズに応えるため」などの目的で自己株式の取得が実施される場合があります。また、もともとも株主の死亡に伴い、株主の相続人から株式を取得することもあります。
自己株式取得に関する制限
前述した自己株式取得に関する制限は、「財源規制」と呼ばれています。
財源規制においては、自己株式の買取可能額は「買取時点における分配可能額まで」とされています。「分配可能額」とは、株式・債権者への支払いが確保できる財産額のことです。この額は、「その他資本剰余金+その他利益剰余金」と概ね一致すると考えるといいでしょう。
ただし、100株に満たない「単元未満株」の買取請求に応じるケースや無床取得のケース、事業譲渡によって取得するケース、吸収合併もしくは吸収合併に伴う承継における自己株式取得などにおいては、財源規制は適用されることがありません。
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自己株式は取得した後、どうする?
自己株式を取得した後の選択肢は、大きく「保有する」「消却する」「処分する」の3つに分けられます。
自己株式を保有する理由
自己株式を保有する主な目的は、持株比率の維持・向上や、市場における自社の株式数を減らすことです。前者は、敵対的買収を防ぐことなどに役立ちます。後者は、株価の維持や上昇につながります。
自己株式を消却する理由
自己株式消却は、発行済株式の総数を減らして、発行済株式数を調整することなどを目的に実施されます。
自己株式を処分する理由
自己株式処分とは、取得した自己株式を売却することを意味します。何のために売却するかというと、売却の対価を得るためです。つまり、資金調達や企業再編などを目的に実施されるということです。
自己株式取得のメリットは?
自己株式取得の主なメリットは次の通りです。
それぞれ詳しくみていきましょう。
敵対的買収の防止
先に解説した通り、自己株式を取得して、それを自社で保有すれば、持株比率の維持・向上につながるため、敵対的買収を防ぐ効果を得られます。なぜかというと、既存株主および自社の持ち株比率を一定以上維持していれば、そのぶん、敵対的企業が購入できる株数が少なくなることから、実質的に買収が困難であるためです。
株価の維持・上昇
これも、先に解説した通りですが、取得した自己株式を自社で保有することによって、市場に出回っている自社の株式数を減らすことができます。つまり、株式の需要に対する供給を減らすことになりますが、それによって、株価が上昇することが期待できます。また、1株あたりの希少性が高まることから、株価が下がりにくくなります。
M&Aの対価として活用できる
M&Aのために資金を用意する代わりに、取得した自己株式をM&Aの対価として利用すれことができます。融資などで資金を用意する必要がないことから、スムーズな企業再編が可能になります。
株主管理の手間やコストを削減できる
株主から自己株式を取得することによって株式を集約すれば、株主管理の手間やコストを抑えることができます。
経営の意思決定が円滑になる
自己株式を集めることによって、自社が保有している株式の割合を増やせば、経営の意思決定をこれまでより円滑におこなえるようになります。
事業承継の負担軽減
会社の事業承継にあたって、後継者個人が保有している自己株式を、(同一人物が)承継する会社名義で購入すれば、後継者目線で見ると「株式売却で資金を得ることができた」ということになりますが、その資金を事業承継において発生する贈与税・相続税などの支払いに充てることができます。つまり、納税の負担が少なくて済むということです。
また、承継した会社目線で見ると、「持株比率が増えた」というメリットもあります。
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自己株式取得のデメリットは?
自己株式取得のデメリットは次の通りです。
それぞれ詳しく解説していきます。
会社の資金が減少する
自己株式を取得するためには資金が必要であるため、少なからず資金が減少します。資金が減少することが、経営悪化や事業計画の妨げにつながる可能性がある場合、自己株式取得が正しい選択であるのかよく考えることが必要です。
株価上昇効果が得られない場合がある
自己株式を取得したことによって自己資本比率が低下すると、投資家が警戒する可能性がゼロではありません。そうなった場合、期待していたほど株価が上昇しない可能性があります。
自己株式の仕訳・会計処理の仕方
自己株式の仕訳・会計処理を理解するうえでは、自己株式を取得することは、「資本の払い戻し」ととらえるとわかりやすくなります。
この点が、他社発行の株式を取得した場合との根本的な相違点ということになります。
これを踏まえたうえで、自己株式の「取得」「決算」「処分」「消却」時の仕訳・会計処理の方法を確認していきましょう。
自己株式の取得時の仕訳・会計処理
仕訳勘定科目は「自己株式」で、取得原価をもって記載して、貸借対照表上では、株主資本から控除する形で表示します。この会計処理によって、自己資本が資本の払い戻しに該当すること、純資産が減少していることを示すことができます。
たとえば、現金で300万円分の自己株式を取得した場合、次のように仕訳します。なお、自己株式の取得に要した手数料には、「支払手数料」などの仕訳勘定を用います。支払手数料は、損益計算書上では「営業外費用」として処理します。
| 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
| 自己株式 | 300万円 | 現金 | 300万円 |
| 支払手数料 | 2,000円 | ― | ― |
自己株式の取得によって「みなし配当」が生じた場合の仕訳は?
自己株式を取得する際、株主が出資した額よりも高い価格で株式を買い取った場合、差額分は会社の利益からの払い戻しとみなされて、「みなし配当」として扱われることになります。
取得額は、「資本金等からの払い戻し」と「利益剰余金」に区分して計算する必要があります。このうち、後者に該当する額が、税務上の「みなし配当」に当たることになります。
たとえば、自己株式の取得原価が500万円で、資本金等の減少が270万円、利益剰余金の減少が230万円である場合、税務上、次のように仕訳します。
| 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
| 資本金等 | 270万円 | 当座預金 | 500万円 |
| 利益剰余金の減少 | 230万円 | ― | ― |
会計上では、全額「自己株式」扱いとなりますが、税務上では「配当」とみなされることから、課税対象になる部分が存在することになるため、正確な申告調整が不可欠です。特にM&Aや事業承継を目的とした非上場会社の少数株主からの取得(スクイーズアウト)では、株主側の税負担が大きく影響するため、詳細な税務検討が必須です。
自己株式の決算時の仕訳・会計処理
決算の際に保有している自己株式に関しては、「評価替え(時価評価)」はおこないません。評価替えをおこなわないことから、決算日時点の時価と取得金額に差があったとしても、仕訳は次の通りとなります。
| 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
| 仕訳なし | ― | ― | ― |
貸借対照表上では、純資産の部において、株主資本の末尾に「自己株式」と記して一括控除をおこなって表示します。
自己株式の処分時の仕訳・会計処理
自己株式を処分(=第三者に譲渡)した場合は、自己株式の帳簿価額を減額します。ただし、自己株式の処分にあたって、帳簿価額と処分対価で差額が生じた場合は、「自己株式処分差益」または「自己株式処分差損」として、それぞれの仕訳勘定を用いて記帳します。
自己株式処分差益の場合、純資産の部で、「その他資本剰余金」の仕訳に計上します。
自己株式処分差損の場合、「その他剰余金」の仕訳から減額して処理します。
なお、自己株式の処分に要した手数料は、「支払手数料」などの仕訳勘定を用います。損益計算書上では、「営業外費用」として処理します。
たとえば、1株あたり100円で取得した自己株式400株を、1株あたり105円で処分して、処分の手数料として400円かかった場合の仕訳は次の通りです。
| 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
| 当座預金 | (400株×105株)-400円=41,600円 | 自己株式 | 40,000円 (400株×100円) |
| 支払手数料 | 400円 | 自己株式処分差益 | (400株×105円)-(400株×100円)=2,000円 |
M&Aの対価として自己株式を交付した場合の仕訳・会計処理(株式交付・株式交換)
自己株式をM&Aの対価として交付した場合、自己株式の帳簿価額を減額し、対価として取得した株式(買収対象会社株式など)を計上します。処分時と同様に、自己株式の帳簿価額と交付した自己株式の時価(または取得した資産の公正価値)との差額は、「自己株式処分差益」または「自己株式処分差損」として処理します。
(例:帳簿価額40,000円の自己株式を交付し、時価50,000円の買収対象会社株式を取得した場合)
自己株式の消却時の仕訳・会計処理
自己株式を消去した場合、消却手続き完了後に会計処理をおこないます。
自己株式を消去した際の帳簿価額は、「その他資本剰余金」から減額して処理します。
たとえば、自己株式300株(簿価30,000円)を取締役会の決議に基づいて消却して、自己株式消去における減資は、自己株式処分損益から取り崩すことにした場合の仕訳は次の通りです。
| 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
| 自己株式処分差益 | 30,000円 | 自己株式 | 30,000円 |
なお、自己株式の消却によって「その他資本剰余金」が負の数値になった場合は、「その他資本剰余金」をゼロとして、負の数値に関しては、「繰越利益余剰金」から減資します。
M&Aにおける自己株式取得の具体的な活用と留意点
自己株式取得は、特にM&Aの買い手(買収会社)と売り手(対象会社・株主)の双方にとって、戦略的かつ財務的に重要な役割を果たします。
1. 買い手側(買収会社)の活用例
2. 売り手側(対象会社・株主)の活用例
3. M&Aにおける留意点(財源規制・税務)
自己株式の取得や仕訳についてのFAQ
自己株式市の取得や仕訳について、よくある質問とその答えは次の通りです。
Q. 自己株式を無償で取得した場合の仕訳はどうすればいいのでしょうか?
自己株式を無償で取得した場合、仕訳の入力は必要ありません。ただし、自己株式数の増加があったことを、書類や決算書上に残すことは必要です。
Q. 自己株式の表示方法は、財務諸表によってどんな違いがありますか?
各財務諸表における自己株式の表示内容や表示方法は次の表の通りです。
| 財務諸表 | 自己株式の表示内容 | 表示方法・取扱い |
| 貸借対照表 | 純資産の部で表示 | 株主資本の末尾に「自己株式」として一括控除する |
| 損益計算書 | 原則として表示しない | 自己株式の取得・処分・消却は資本取引とみなされるため、損益計算書上には表示しない |
| 株主資本等変動計算書 | 株主資本の変動として表示 | 取得・処分消却など、変動事由ごとに区分表示する |
| キャッシュフロー計算書 | 財務活動によるキャッシュフローとして表示 | 自己株式の取得の場合、「キャッシュ・アウトフロー」、自己株式の処分 の場合、「キャッシュ・インフロー」として表示する |
必要に応じて専門家のサポートを受けながら、正しい仕訳と会計処理を実現しよう
自己株式の仕訳・会計処理は、専門的な知識が不十分であると難しく感じられるかもしれません。しかし、自己株式の取得は、経営戦略の一環として有効に活用できるほか、株主還元などにも役立てることができるので、誤った対応によって財務に影響を及ぼすことのないよう、必要に応じて専門家のサポートを受けながら、適切に処理できる体制を整えていきましょう。
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この記事は、時点の情報を元に作成しています。
執筆 ジョブカンM&A編集部
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