合併時の退職金はどうなる? 勤続年数・打切支給から不利益変更まで徹底解説

自社が吸収合併によって消滅する「被合併会社」(売り手側)に該当する場合、または被合併会社を吸収する「存続会社」(買い手側)に該当する場合、退職金制度の取り扱いはM&Aのデューデリジェンス(DD)や最終契約(DA)の交渉において必須の検討事項となります。
退職金制度が未整備なまま合併を進めると、簿外債務の発生、従業員のモチベーション低下、合併後の労使トラブルといったM&Aの成功を脅かす重大なリスクにつながりかねません。
結論からいうと、退職金が満額支給(勤続年数通算)されるケースと、「打切支給」によって一旦精算されるケース、または不利益変更となるケースがありますが、これらの選択肢がM&Aの企業価値評価やスキーム、労務DDにどう影響するかを解説していきます。

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目次
  1. 吸収合併とは?
  2. 吸収合併における消滅会社の社員・役員の退職金・退職慰労金はどうなる?
    1. 退職金・退職慰労金が満額支給されるケース
    2. 退職金・退職慰労金が満額支給されないケース
      1. 労働条件が変更になる場合も、吸収合併から1~2年は消滅会社の労働条件が維持されることが多い
  3. 吸収合併における存続会社の社員・役員の退職金・退職慰労はどうなる?
  4. M&Aにおける最重要論点:退職金の「打切支給」とそのメリット・デメリット
    1. 「打切支給」(合併時精算)とは?
      1. 【買い手(存続会社)のメリット】
      2. 【売り手(消滅会社)のメリット・留意点】
    2. 「勤続年数の通算承継」(打切支給しない場合)
      1. 【買い手(存続会社)の留意点】
    3. 役員の退職慰労金支給のタイミング
      1. 【退職慰労金の支給方法】
      2. 役員の退職慰労金に関する注意点
      3. 【重要】功績倍率が高すぎることによる税務リスク(否認リスク)
  5. 吸収合併におけるトラブルを防ぐためにも、関係者一人ひとりに納得してもらうことが大切

吸収合併とは?

吸収合併とは、2社以上の企業が合併する際に用いられる手法です。吸収合併においては、当時会社のうち1社が残りの企業を吸収して、そのほかの企業は解散して消滅することになります。
自社以外の企業を吸収する側を「存続会社」、解散する側を「消滅会社」と呼びます。
消滅会社が保有していた資産、負債および役員、社員は、存続会社がすべて引き継ぐことになります。
なお、企業同士が合併する手法には、吸収合併のほかに「新設合併」もあります。新設合併とは、合併のために設立した新設会社が、合併するすべての会社を吸収して消滅させる手法です。新設合併は手続きが複雑でコストもかかるため、実際にはほとんど実施されることはありません。

吸収合併における消滅会社の社員・役員の退職金・退職慰労金はどうなる?

吸収合併によって、存続会社に引き継がれた社員や役員の退職金・退職慰労金は、将来、会社を退職する際には、存続会社によって支払われることになります。
ただし、消滅会社在籍時に提示されていた退職金・退職慰労金がそのまま支払われない場合があります。なぜかというと、吸収合併の際、消滅会社の役員や社員の勤続年数が引き継がれない場合があるためです。その結果、退職金が満額支給されるケースと、満額支給されないケースが出てきます。
なお、「退職慰労金」とは、役員の退任時に支給される慰労金のことです。一般社員に支払われる退職金が勤続年数と関係しているのと同様、退職慰労金は役員在任年数と関係しています。

退職金・退職慰労金が満額支給されるケース

前述の通り、吸収合併においては、消滅会社の役員や社員の勤続年数・在任年数が引き継がれない場合がありますが、基本的には、吸収合併では、消滅会社の労働契約は包括的に承継されるため、勤続年数・在任年数もそのまま引き継がれます。つまり、一般的には、退職金・退職慰労金は満額支給されるということになります。

退職金・退職慰労金が満額支給されないケース

吸収合併時、消滅会社と存続会社との間で、労働条件や雇用契約が減額する方向で統一される場合があります。減額となった場合、満額支給されないということになります。ただし、満額支給されなくなることは、合併前に消滅会社から社員・役員に対して説明されるため、「知らないうちに減額されていた」ということはありません。会社は社員・役員に対して労働条件の変更について説明して、同意の証として、個別に署名・押印をもらう必要があるとされています。万が一、説明不足であったり、従業員側に理解不足があったりする場合、その後の退職金・退職慰労金支払い時にトラブルが起こる可能性が高くなります。
なお、労働条件が不利益に統一されることを「不利益変更」といいますが、不利益変更を社員・役員に了承してもらうためにも、存続会社は慎重に対応することが大切です。

労働条件が変更になる場合も、吸収合併から1~2年は消滅会社の労働条件が維持されることが多い

吸収合併によって、消滅会社の社員の労働条件が変更となる場合でも、吸収合併から1~2年は、元の労働条件が維持される場合があります。この場合、退職金制度についても同じ期間だけ維持されることとなるため、その間に退職する社員に関しては、退職金が当初の予定通り支払われるということになります。

吸収合併における存続会社の社員・役員の退職金・退職慰労はどうなる?

吸収合併において、消滅会社の社員・役員の退職金・退職慰労金は、上記の通り、満額支給されるケースと満額支給されないケースにわかれますが、存続会社に関しては、基本的に、吸収合併によって労働条件が変わることはありません。そのため、退職金・退職慰労金に関しても、基本的には影響はないといえます。

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M&Aにおける最重要論点:退職金の「打切支給」とそのメリット・デメリット

退職金・退職慰労金は、吸収合併前に「打切支給」(合併時精算)される場合があります。これはM&A実務における主要な選択肢の一つです。

「打切支給」(合併時精算)とは?

「打切支給」とは、吸収合併の効力発生日をもって、消滅会社での勤続期間を終了したものとみなし、合併前の退職金規程に基づいた退職金をその時点で全従業員に支払うことです。この場合、合併後の勤続年数はゼロから再スタートとなります。

【買い手(存続会社)のメリット】

将来の簿外債務リスクの解消: 買い手側は、合併前に発生していた過去の勤続期間に係る退職金債務(未払分)を引き継がなくて済むため、財務リスクを明確にできます。(この債務は、通常、譲渡対価から控除されます)
制度統合の円滑化: 買い手側の退職金制度に一本化しやすくなり、合併後の制度統合の負担を軽減できます。

【売り手(消滅会社)のメリット・留意点】

資金調達の必要性: 打切支給のための資金を合併前に用意する必要があり、手元資金が不足する場合は売却対価や金融機関からの借り入れが必要になることがあります。
従業員への影響: 一時的に退職金が支給されることで、従業員は手取りを得られますが、一方で、将来の退職金水準が下がる可能性(不利益変更)や、勤続年数通算を希望する従業員との摩擦が生じることがあります。

「勤続年数の通算承継」(打切支給しない場合)

打切支給をしない場合、前述の通り、基本的には吸収合併においては、消滅会社の労働契約は包括的に承継されるため、社員の退職金についても、将来的に存続会社での退職時に合併前の勤続年数を通算して支給されることが原則です。

【買い手(存続会社)の留意点】

退職給付債務の承継: 買い手側は、売り手企業の過去の勤続期間に係る退職給付債務(未積立分を含む)をそのまま引き継ぐため、M&Aの企業価値算定(バリュエーション)において、この債務が負債として適切に考慮されているかを労務DDで厳しくチェックする必要があります。

役員の退職慰労金支給のタイミング

役員の退職慰労金に関しても、消滅会社で清算して支給することもあれば、存続会社で引き継ぐこともあります。ただし、社員の場合とは異なり、役員への退職慰労金支給は支給方法によっては、合併を決定する消滅会社側の総会において承認を得る必要があります。
具体的にどういう場合に、消滅会社側の総会で承認を得る必要があるかというと、以下にまとめた退職慰労金の3つの支給方法のうち、①と②の場合です。

【退職慰労金の支給方法】

  • 消滅会社で支給する
  • 消滅会社で決議して、存続会社で支給する
  • 存続会社で決議して、存続会社で支給する
  • 役員の退職慰労金に関する注意点

    一般的に、役員の退職慰労金の金額の決定にあたっては、功績倍率法が用いられます。

    計算式は次の通りです。

    役員退職慰労金=退職時の月額報酬×勤続年数×功績倍率

    功績倍率は企業が自由に設定できるものであって、法的な定めはありませんが、目安としては次の表の通りと考えられます。

    代表取締役 3
    専務取締役 2.4
    常務取締役 2.2
    取締役 1.8
    監査役 1.6

    【重要】功績倍率が高すぎることによる税務リスク(否認リスク)

    なぜかというと、役員に支給する退職慰労金は損金として計上できますが、税務上、「不相当に高額な部分」と判断された金額は、「役員賞与」とみなされ、損金算入が否定される可能性が高いためです。特に、合併を機に功績倍率を大幅に引き上げたり、合併直前に突発的に支給したりするケースは、税務調査で否認されるリスクが非常に高まります。
    なお、そうなった場合、否認された部分の金額は法人税の計算上、益金として加算され、差額に対する法人税を支払わなくてはならなくなります。買い手側は、売り手側の役員退職慰労金の算定根拠を税務DDで厳しく確認する必要があります。

    吸収合併におけるトラブルを防ぐためにも、関係者一人ひとりに納得してもらうことが大切

    ここまで解説してきた通り、消滅会社の社員や役員は、吸収合併によって金銭面的に大きなデメリットを被る可能性があります。それを理解したうえで、「引き続き存続会社に社員・役員として貢献したい」と思ってもらうためにも、説明の機会をきちんと儲けて、一人ひとりから合意を得ることが大切です。このプロセスを軽視した場合、結果的に社員から訴訟提起を受ける恐れもあるので、重々注意して吸収合併の手続きを進めていくようにしましょう。

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    執筆 ジョブカンM&A編集部

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