
企業が相手企業を完全子会社化する「株式交換」においては、両者の株主にマイナスな影響が出ないよう、「株式交換比率」を決めて株式の交付をおこなうことが基本とされています。具体的にどのように比率を決めるのか、計算方法を解説するとともに、過去の株式交換事例なども紹介していきます。
株式交換比率とは
株式交換比率とは、完全子会社化される企業の株主が保有している株式1株に対して、完全親会社となる企業の株式を何株受け取ることができるのかを示す比率です。
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株式交換とは 他のM&A手法との違い
株式交換とは、譲受企業が譲渡対象企業の発行済株式すべてを取得する手法です。100%すべて取得することから、株式交換実施後は、譲受企業は「完全親会社」、譲渡企業は「完全子会社」という関係になります。
譲渡された企業の株主は、株式交換に伴い、譲渡企業の株式を譲受企業にすべて譲渡する代わりに、譲受企業の株式などの別の資産を対価として受け取ります。なお、2005(平成17)年に制定された会社法によって「対価の柔軟化」が導入されたことで、譲受企業の親会社の株式を交付することや、対価として現金を支払うことも認められるようになりました。
株式交換比率の算定方法と決定プロセス
続いて、株式交換比率の計算方法を説明していきます。
株式交換比率は、当該企業の企業価値や株価などを参考にして決めることができますが、原則として、株主の資産に変化があってはいけません。
具体的にどういうことであるのかを、親会社であるA社が子会社となるB社を完全子会社化するとの仮定のもと説明していきます。A社株式、B社株式の株価と、B社株式株主のB社株式保有数は次の通りとします。
-
【株式交換前の株価】
- A社:1,000円
- B社:250円
-
【B社株式株主のB社株保有数】
- 400株
この場合、両者の株価の比率は「親会社の株価:子会社の株価=0.25:1」となり、完全子会社化されるB社の株主が保有している株式1株に対して、A社は0.25株を交付することになります。つまり、この場合、B社株式株主はB社株式を400株保有しているため、株式交換においてA社株式100株の交付を受けるということになります。
株式交換における企業価値の算出方法
先に説明した通り、株式交換比率は、当該企業の企業価値や株価などを参考にして決めるため、企業価値を算出する必要があります。なお、当該企業が上場企業ではない場合、市場で取引されることがないため、明確な株価が存在しないこともあり、企業価値を算出することが重要になります。
では、企業価値はどのような方法で算出すればいいかというと、M&Aの現場で用いられる算出方法としては、次の3種類の方法が確立されています。
- コストアプローチ
- インカムアプローチ
- マーケットアプローチ
コストアプローチ
コストアプローチとは、財務諸表をもとに企業価値を算出する方法で、主に次の2種類の計算方法によって算出されます。
- 時価純資産法
- 簿価(ぼか)純資産法
時価純資産法
時価純資産法とは、名前の通り、時価での純資産額をもとに企業価値を算出する方法です。具体的には、まず、財務諸表のうち貸借対照表を用いて、対象企業の総資産額から負債の額を差し引きます。次に、その金額から、計算している時点までの減価償却費などを考慮して、時価として補正をおこないます。
簿価純資産法
簿価純資産法は、年度末などの財務諸表を作成した時点の純資産の額によって、企業価値を算出する方法です。時価純資産法と同じく貸借対照表を用いて算出しますが、簿価純資産法の場合、企業の表面上の評価しかしていないということになります。そのため、現実的な評価とは言い難いため、M&Aの現場において使われるケースは少なく、より正確に企業価値を算出できる簿価純資産法によって算出されるケースのほうが多いです。
インカムアプローチ
インカムアプローチとは、企業が将来的に得られるであろう利益の額を考慮したうえで、企業価値を求める計算方法です。インカムアプローチも、コストアプローチと同じく、主に2種類の計算方法があります。
- DCF(Discounted Cash Flow=ディスカウントキャッシュフロー)法
- 配当還元法
DCF(Discounted Cash Flow=ディスカウントキャッシュフロー)法
DCF法とは、企業が将来的に得られるであろう「フリーキャッシュフロー」を現在価値に割り引く(ディスカウントする)方法です。フリーキャッシュフローとは、会社の利益から必要経費を差し引いた金額のことです。M&Aにおいてよく用いられる計算方法です。
配当還元法
配当還元法とは、株式の配当金をもとに企業価値を算出する方法です。なぜ配当金をもとに企業価値を算出できるかというと、企業の業績と株式の配当金は基本的に連動しているためです。ただし、株式の配当金額は取締役会で自由に決められるため、会社の売却を見越して配当金を増額して、一時的に企業価値を上げることができるため、M&Aでの企業価値算出には不向きだと考えられます。そのため、インカムアプローチで算出する場合は、基本的にはDCF法が採用されると考えていいでしょう。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチとは、市場の取引価格をもとに企業価値を算出する方法で、とりわけ中小規模の非上場企業の企業価値算出の際に使われる方法です。マーケットアプローチの主な計算方法は次の2種類です。
- 類似企業比較法
- 類似取引比較法
類似企業比較法
類似企業比較法とは、会社の規模が似ていて、かつ同業種である上場企業の株価などの企業価値を参考にして、企業価値を算出する方法です。参考にする企業が一社とは限りません。複数社を参考にできれば、より客観的に企業価値を算出することが可能です。ただし、条件に合う企業が見つからない場合は、算定することができません。
類似取引比較法
類似取引比較法とは、会社の規模が似ていて、かつ同業種である企業のM&A取引の際の情報を参考にして、企業価値を算出する方法です。この方法では、企業価値そのものを求めることは不可能ですが、株式交換比率を求めるために必要な数値を求めることができます。ただし、類似企業比較法同様、条件に合う企業が見つからない場合は、算定することができません。
株主の資産に変化が生じる可能性を見越した「プレミアム支払い」とは?
前述の通り、株式交換においては、原則として株主の資産に変化があってはいけません。しかし、株式交換後の株主構成の調整をはじめとする完全親会社側の戦略によって、株式交換比率が低下する可能性があります。そうなると、完全子会社側の株主の出資額は減少することになるため、完全親会社と完全子会社の旧株主間でトラブルが勃発しかねません。
そうした事態を防ぐため、株主が不利になると考えられる場合に関しては、完全親会社から完全子会社に対して、対価としての現金が支払われます。これを「プレミアム支払い」といいます。
M&Aにおける株式交換の成功・失敗事例
M&Aにおける株式交換の成功・失敗事例としては次のような事例が有名です。
成功事例
ソフトバンクグループによるYahoo Japan(現:LINEヤフー)の完全子会社化(2019年)
- 概要:ソフトバンクがZホールディングス(旧Yahoo Japan)を株式交換により完全子会社化
- 交換比率:ソフトバンク1株につきZHD株11.75株
- 背景:モバイルとインターネットメディアの統合によるシナジー創出を狙った
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成功要因:
- 統合によって広告・EC・キャッシュレスのクロスユース促進に成功
- LINEとの経営統合(2021年)にもつながる布石となった
- グループ内での戦略一体化が進み、収益成長が継続
野村ホールディングスによるInstinet(米国)買収(2006年)
- 手法:一部株式交換を含む買収
- 背景:電子取引分野の強化を狙い、グローバル競争力を確保
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成功要因:
- 欧米における電子取引プラットフォームの即時獲得
- グローバルなリサーチ・トレーディング機能の拡充に寄与
失敗事例
Livedoorによるフジテレビ買収未遂(2005年)
- 概要:Livedoor(堀江貴文氏)がニッポン放送の株式を取得して間接的にフジテレビを支配しようとした
- 手法:実質的に株式交換を想定した乗っ取り的な手法
- 結果:フジテレビ側の強い反発、法的対立に発展。結局、資本提携にとどまり、Livedoorは経営的主導権を取れずに終結した
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失敗要因:
- 株式交換の戦略的意図が市場・取引先に受け入れられなかった。
- 買収後のビジョンやガバナンス体制が不透明であった
日本航空(JAL)による日本エアシステム(JAS)の吸収合併(2002年)
- 概要:JALがJASを株式交換により吸収合併
- 背景:航空業界再編を目的とした経営統合
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失敗要因:
- 組織文化の違い(官僚的 vs ベンチャー的)による摩擦
- 統合後のコスト削減や業績改善が進まず、JALは2010年に経営破綻
- 経営統合の目的(シナジー発揮)よりも、規模拡大が先行した
株式交換に関するFAQ
続いては、株式交換に関してよくある質問とその答えを紹介していきます。
Q. 株式交換比率に関して法的規制はありますか?
ここまで解説してきた通り、株式交換においては適切な交換比率を決定することが不可欠ですが、交換比率が適切かどうかについては、金融アドバイザリーや会計事務所などの第三者機関による株式評価・算定書を取得したり、独立した第三者評価を根拠に、取締役会で比率の合理性を検討したりといった対応が求められます。
Q. 株式交換比率の決定は誰がおこなうのですか?
株式交換比率の決定は、交換当時会社の取締役会または代表取締役がおこないます。なお、株式交換比率は株式交換契約に盛り込むものとし、契約内容の一部として決定されることになります。
Q.株式交換による「自益権」「共益権」の変化は?
株式交換を理解するためには、「自益権」「共益権」も理解する必要があります。
「自益権」と「共益権」はいずれも株式会社の株主が持つ権利を指しますが、権利の内容に次のような違いがあります。
自益権
- 株主が会社から経済的な利益を直接受け取る権利
(例)利益配当請求権、残余財産分配請求権、株式買取請求権など
これらの権利は、株主の個人的な利益に直接関係します。
共益権
- 株主が会社の経営に参加したり、経営を監視したりする権利
(例)株主総会での議決権、株主代表訴訟提起権、会計帳簿閲覧請求権など。
これらの権利は、株主全体の利益に影響します。
「自益権」「共益権」の違いを理解したところで、前半で例に挙げた【株式交換前の株価】A社:1,000円/B社:250円【B社株式株主のB社株保有数】100株 の場合の「自益権」「共益権」の変化をみていきます。まず、自益権の変化について解説すると、株式交換前の出資額は250円×400株=10万円で、株式交換においては原則として株主の資産に変化はなく、株式交換後の資産は1,000円×100株=10万円となります。
一方、共益権に関しては、B社の株式保有当初は400票あったものが、A社の株式に交換したことによって100票に減少しています。つまり、株式交換比率が1:1でない場合、B社株式のもともとの株主の、株主総会における発言力が低下するということになります。
Q.株式交換の実施は事前に株主に知らせる必要がある?
株式交換を実施する企業は、実施日の20日前までに株主に通知するか、もしくは公告によって知らせることが義務付けられています。
通知や広告によって株主交換の事実を知ったものの、これに賛同できない“反対株主”には、「株式買取請求権」を行使することが認められています。この権利が行使されれば、株主は投資した資金を回収することができます。なお、株主が株式買取請求権を使えるのは、株主交換の効力が発生する20日前から前日までの間です。
また、株主総会の議決権を持つ株主は、株式交換に反対である旨を通知することと、株主総会において、反対である意思表示をおこなうことが必要です。
Q.株式交換比率公開後の注意点は?
経営者自身が自社の大株主であることが多い中小企業における株式交換の場合、株式交換比率が公開された後、株主は次の点に注意する必要があります。
- 株価が変動する可能性がある点
- 単元未満株式になる可能性がある点
Q.株価交換比率が公表された後、株価が変動する可能性はある?
株式交換比率が公表された後に株価が変動した場合、株主は損をする可能性があります。なぜ、株式交換比率公表後に株価が急に変動する可能性があるかというと、複数の短期投資家が、短期的な利益を狙って投機的な取引をする「マネーゲーム」をおこなう可能性があるためです。
Q.単元未満株式になる可能性はある?
取引時の効率化を目的に、株式を100株単位や1,000株単位で取引することを「単元株式」といいますが、株式交換においては、単元株式の単位に満たない株式が発生する場合があります。これを「単元未満株式」といいますが、単元未満株式の株主には、株主総会での議決権が認められていません。
また、単元未満株式は株式として保有できないため、株式交換実行後に株式の買取を請求するか、もしくは単元株式になるまで株式を買い増す必要があります。買取請求に関しては、親会社に買い取ってもらう方法に加えて、証券会社などに買ってもらう方法があります。
株式交換の検討を始めた段階で、まずは専門家に相談しよう
前述の通り、株式交換比率は交換当時会社の取締役会または代表取締役が決定しますが、株式交換の実施に際しては専門家の関与が重要となります。特に、上場企業間や規模の大きな取引では必須です。株式交換比率の算定に関しては、第三者評価機関に依頼するとして、取引全体のアドバイスは財務アドバイザーが得意ですし、契約書や法的文書の作成、レビューや法令対応に関しては弁護士が頼りになります。財務・会計面に対してアドバイスがほしいなら、公認会計士や税理士が適任です。また、後々トラブルになるのを防ぐためにも、専門家選びを慎重におこなうことも大切ですよ。
M&A・事業承継で失敗したくないなら
ジョブカンM&Aは、経験豊富なアドバイザーが事業の売却・買収をトータルでサポートします。
「信頼できる相手を見つけたい」「交渉や手続きが不安」「適正な価格で取引したい」といった、M&Aに関するあらゆるお悩みを解決に導きます。
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この記事は、2025年8月時点の情報を元に作成しています。
執筆 ジョブカンM&A編集部 | ジョブカンM&A編集部
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